《MUMEI》

そうこうしているうちに、私達は小百合さんのアパートに辿り着いた。彼女は元気よく外階段を駆け登って、2階の一室の鍵を開けた。それからまだ階段を昇っている私に振り返り、笑いかけた。

「ナナちゃん、こっち!」

そう言って、ドアを大きく開いてみせる。私は彼女に会釈してドアの内側に滑り込んだ。


小百合さんのアパートの部屋は、本当に狭かった。

玄関のすぐ隣に小さなキッチン。そして、その奥には6畳ほどの小さな部屋。キッチンの隣の小部屋は、おそらくトイレとお風呂だろう。
よく有りがちな、1Kの間取り。

私は玄関で立ち尽くし、言葉を無くす。ぼーっとしている私に、後ろから小百合さんが「あがって、あがって!!」とはしゃいだ声で言った。
私は「おじゃまします…」と小さく呟いてから靴を脱ぎ、恐る恐る部屋に入った。床板が軋んで、不気味な音を立てる。ゆっくり奥の部屋に移動して、またぐるりと部屋の中を見渡した。

無駄なものが一切ない、殺風景な部屋。部屋の片隅には畳まれた布団が一組。
到底、家族と一緒に住んでいるようには見えなかった。

「ご両親は…?」

私はドアを閉めている小百合さんを振り返り、尋ねた。小百合さんは一瞬キョトンとして、瞬いた。

「知らない」

「知らないって…」

戸惑った私は、「一緒に暮らしてるんじゃないの?」と尋ねると、彼女は首を横に振り、冷たい声で答えた。

「もうしばらく会ってないもの」

会って、ない。
どういうことだろう。

考え込む私に、小百合さんはキッチンに移動しながら、優しく言った。

「でも、寂しくないよ。コウちゃんが傍にいてくれるから」

彼女は持っていたビニール袋を床に置いて、「私ね…」と、ぽつりと呟いた。

「コウちゃんと、ドウセイしてるの」


彼女が言った『ドウセイ』という言葉が、私の頭の中で『同棲』と変換されるまで、少し時間がかかった。

同棲。
胸の中でもう一度繰り返してみる。同棲。

同棲ですって?

「ウソでしょ?」

ぽろっと、そんな言葉がこぼれ落ちた。
まだ、小百合さんは15歳だ。『コウちゃん』だって、私と同じ高校の生徒だということが本当なら、二人とも、まだ未成年なのに。
いくらなんでも、同棲なんて。
信じられない…。

呆然とする私に、小百合さんは真剣な眼差しを向けて、一言だけ、呟いた。

「ホントだよ」

嘘をついているような表情では、ない。本当に、このアパートで小百合さんは同棲しているのだ。

『コウちゃん』というひと、と。

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