《MUMEI》

私の顔を見つめて、小百合さんは柔らかく微笑んだ。

「みんな、同じ顔する」

その、寂しそうな声に、ハッとする。彼女は私から目を逸らし、スーパーのビニール袋から食材をひとつひとつ、丁寧に取り出しながら、続けて言った。

「リョータ君に話した時も同じ顔してた。冗談でしょ?って」

リョータ君?
誰?

眉をしかめる私をよそに、小百合さんは伏し目がちに言った。

「コドモ同士が同棲してるなんて、やめた方がいいって。今、私達がやってることは、自分達の将来を、潰しちゃうかもしれないんだって…何度も何度も、リョータ君にそう言われた」

私は彼女のキレイな長い睫毛を眺めた。

その、『リョータ君』が言っている意味はよく理解出来る。それが、普通の考えだ。私ですら、彼の意見に賛成する。

小百合さんは、取り出した牛肉のパックをキッチンの作業台に置いて、自分の指先を見つめながら、「でも」と呟く。

「そんなに、いけないことなのかな?」

私は瞬き、顔を上げて「え…?」と尋ね返す。
問い掛けている口調だったが、その相手は私ではなく、たぶん、自分自身に向かって言っているのだろう。
小百合さんは遠い目をして、続けた。

「コウちゃんと…大切なひとと、一緒にいたいって思うことは、間違ってるのかな?」

彼女の言葉はまっすぐで、純粋で、だから、私の心を激しく打ちのめした。

彼女の汚れのない、美しい想いに。
それは、私が、未だ知らない程の、一途な気持ちだった。

一緒にいたい。
ただ、それだけ。

その理由だけで、小百合さんと『コウちゃん』は、《たくさんのモノ》を捨てたのだ。

例えば、保障された生活を。例えば、お互いの家族を。

そして、それぞれの、輝かしい未来すらも。

二人の生活が、けして世間から許されることでは無いにしろ、それを真っ向から『それは間違いだ』と小百合さんに反対することは、私には出来なかった。

小百合さんの『コウちゃん』への想いの強さの前には、私のつまらない一般論なんか、到底、太刀打ち出来ないんだ…。

私は返す言葉を見つけられなかった。黙り込む私に、小百合さんは振り返って笑顔を作る。

「そろそろ、準備しないと!間に合わなくなっちゃうよね」

そして「適当に座ってて!」と、私に明るく言った。そう言われたので、私は遠慮なく、6畳間の床にちょこんと座り込んだ。
小百合さんはキッチンで慌ただしく食事の用意を始める。
その彼女の背中を眺めながら、ぼんやり思った。

『コウちゃん』て、どんなひとなんだろう。

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