《MUMEI》 未遂いくら彼女が優秀でも、今の説明で理解できるわけがない。 片岡市議は話を続けた。 「麻央さん」 「はい」 「東北のほうのある市では、経済苦で苦悩している市民を援助しようと、市の職員が親身になって相談に応じ、必要ならば弁護士を紹介したり、健康保険料の督促を少し待ったりと、市民の目線で仕事に取り組んでいます」 光は、難しい話だが興味深く聞いた。 「そこで我が市でも何かできないかと市長と相談したところ、ウチは防犯対策をやろうと」 「独自性って、やりがいありますよね」 光が調子に乗ってきた。 「でも具体的に何をするんですか?」 柴原部長が答えた。 「警察の本来の仕事は防犯だ。しかし実際に起きた事件の解決が優先だから、なかなか防犯に人員を割くのは困難な状況だ」 光を笑顔で見つめたい市長が、話を引き受けた。 「市の職員と市議さんと警察で連携を密にして、市民の命、生活を守りたい。治安を少しでも良くしたい」 「ウチの市って治安悪いですからねえ」 冷たい空気を察知し、光は慌てた。 「あ、で、私は何をすればいいんでしょうか?」 「まだ試運転の段階だよ」柴原部長が言った。 「試運転?」 「君の知恵を借りたい」 この市長の一言は、光のやる気を倍増させた。お世辞でも嬉しい。 「頑張ります!」 夕方近く。 光は再び会議室に呼ばれた。今度は柴原部長一人だ。 「はい」 「かけたまえ」 部長の顔が曇っている。光も緊張した。 「仕事だ」 「はい」 「悲しい事件が、我が市で起きてしまった」 「何ですか?」光は真剣な目で聞いた。 「レイプ未遂だ」 光は目を見張った。 「レイプ…」 柴原部長は目線を下に落とし、低い声で話した。 「被害者は19歳の女子大生。お兄さんから市役所に電話があってね。優秀な探偵を紹介してほしいと」 「警察には?」 「お兄さんの話だと、警察には絶対に言わないと」 「犯人は?」 「まだ捕まっていない、というか被害届けを出していないんだから」 光は被害者の気持ちも考えたが、部長に言った。 「犯人逮捕が優先じゃないんですか?」 「私もそう思う。お兄さんは探偵に犯人を捜させて、お金を取るのか、もしくは、復讐」 サスペンス劇場にしてはいけない。光は真顔で言った。 「復讐なんてダメですよ」 「わかってる。そこで君の使命だが」 「それは探偵じゃなくてスパイでしょ?」 「そうだった」 「ふざけないでください」 柴原部長は咳払いをすると、光を真っすぐ見た。 「君には荷が重いかもしれないが、お兄さんと会って説得してほしい」 光は緊張の面持ちで答えた。 「復讐をやめて、警察に被害届けを出すように言うんですね。わかりました。やってみます」 柴原部長は、問題児が頼もしい戦力に変わった気がして嬉しかった。 「妹さんは今、アパートからお兄さんの家に移って寝泊まりしているそうだ」 「そうですか」 「男の私など、本人に会ってもどんな言葉をかけていいやらわからない」 光は無言で聞いていた。 「その点女性の君なら、気持ちもわかるだろうし」 「あたしだって同じです。でも妹さんは、男性職員よりはあたしのほうが話しやすいかもしれません」 熱い公務員・麻央光。市立探偵としての初仕事。 彼女は電話で兄と時間を約束すると、勇躍家に向かった。 こぢんまりとした一軒家。 柊哲朗。 ポストの名前を確認してから、光はゆっくりチャイムを鳴らした。 『はい』 「先ほどお電話しました麻央です」 『あ、はい』 空は6時を過ぎると段々と薄暗くなっていく。スモールランプを灯した車が、家の前を走っていく。残業も何のその。光はやりがいのある仕事に燃えていた。 兄の哲朗が出た。光を見ると、笑顔に変わった。 「わざわざどうも」 「いえ」 「どうぞ」 兄は小太りで短い髪。人懐っこい笑顔に誘われ、光も少し緊張が解けた。 「失礼します」 前へ |次へ |
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