《MUMEI》 電マ光は居間に案内された。古いつくりの家だった。 哲朗はガラガラと戸を開けた。居間にはお膳があり、一人、若い女性がすわっていた。 光は緊張した。 「妹です」哲朗が笑顔で言う。 「あ、初めまして、麻央と言います」 茶髪の妹は、Tシャツもお洒落で、意気消沈しているようには見えなかった。 愛らしい唇を真一文字にし、パッチリした目で光を見上げた。 無表情の妹に、光は緊張した笑顔を向けた。 「あ、あの、気分はどうですか?」 「別に気遣わなくてもいいですよ。ひどいことされたわけじゃないから」 そっけない妹の態度に、兄は苦笑した。 「緑茶でいいですか?」 「あ、お構いなく」 光は妹の前にすわった。 哲朗は3つ冷たい緑茶を用意すると、両膝を抱えてすわる妹の隣に正座した。 「妹、明枝って言うんです」 「明枝さん」 光は言葉を選びながら話を切り出した。 「辛いことは答えなくていいですからね。すぐに犯人を捕まえたいので、協力してください」 「警察には言いませんよ」哲朗が笑顔で即答した。 「明枝さんも同じ気持ちですか?」 「誘導はやめてください」哲朗が真顔で遮った。 話しにくい雰囲気だ。しかし光はめげずに質問した。 「犯人は、知らない男ですか?」 明枝はゆっくり頷いた。 「はい」 「ドアを開けたのは明枝さん?」 「宅配便のユニフォーム着てたし、でもあれ偽物ですよ」 「時間覚えてますか?」 「午前11時」 非常識な時間帯ではない。 「明枝さんの、そのときの服装は?」 「関係ないじゃないですか」哲朗が口を挟んだ。 「いえ、大いに関係あります」 明枝は首を回すと、真顔で答えた。 「バスタオル一枚」 「え?」光は硬直した。 「服着るから待ってってお願いしてるのに、明日また来ますとか言うから、ついキレちゃって」 光は驚きながら聞いた。 「バスタオル一枚でドア開けたんですか?」 明枝は俯いた。 「まあ、はい」 光は焦った。レイプが成立しない恐れがある。バスタオル一枚で玄関に立つのは挑発行為になる。 光の表情を見て、明枝が呟いた。 「そりゃあ反省してますよ。でもあいつ、始めから変な道具持ってたから、計画的犯行だよ絶対」 明枝が喋り出した。光はもっと喋らせようと、質問を続けた。 「道具って?」 「電マ」 兄の哲朗が下を向いて悔しがった。膝の上で拳を握りしめている。 「電マでいちばん悔しいところ攻めやがって。卑怯だよ」 「でんま?」 明枝は光を見た。 「電マって知らないですか?」 「でんま…」 「電気マッサージですよ」 「電気マッサージ?」 明枝は仕方なく説明した。 「先端が凄い振動で、それをあそこに押し当てられると、結構きついんですよ」 「痛いんですか?」 光の問いに、明枝は返答に困った。 「痛くはないです。こっちは手足縛られてるから、悔しいけど犯人に哀願するしかないから」 「手足を!」 光は驚きの目で明枝を見つめた。 「無抵抗って滅茶苦茶怖いですよ。あれはプライド捨てて犯人にお願いするしかないですよ。許してくれたときは嬉しかった」 「バカ!」 「お兄さん」 光の制止を無視して、哲朗は怒った。 「おまえがそんなんだからダメなんだよ。犯人なんかぶっ殺してやりたいとなぜ言えない!」 明枝は呆れ顔で言った。 「ちょっと、怒鳴らないでよう」 「お兄さん、妹さんの話を聞きましょう」 明枝は小さい声で話した。 「正直、最後までバスタオルは取られなかったし、痛い目にも遭わされなかった。でも電マは悔しかった。自分に対しての怒りもあるけど」 光は怖々聞いた。 「どんな感じ?」 「感じちゃったのは屈辱だから」 光は疑いの目で明枝を見た。パッと顔を上げた明枝と視線がぶつかり、光は慌てて緑茶を飲んだ。 「いただきます」 「電マは仕方ないよ」哲朗が呟いた。 光は一人不審顔だ。 (感じちゃったってどういうこと?) 前へ |次へ |
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