《MUMEI》 現れたのは小百合さんが、これだけ夢中になる相手だから、きっとステキなひとなのだろう。 勝手に想像していると。 キッチンから小百合さんの短い悲鳴が聞こえたので、ビックリして腰を浮かした。 どうやら、野菜を切るのに手間取っているようだ。 「なんか手伝おうか?」 言ってみたが、小百合さんは元気よく「大丈夫!!」と答えた。 「ナナちゃんはお客さんなんだから、ゆっくりしてて」 しかし、そう言ったそばから、小百合さんは鍋の蓋や、おたまを床に落とし、また悲鳴を上げた。 私だって、料理なんか全然、得意じゃないけれど。 小百合さんが、キッチンで悪戦苦闘する姿は…危なっかしくて、見ていられない。 どうしても、ハラハラしてしまう。 「やっぱ、手伝うよ」 私は立ち上がり、小百合さんに近寄って行った。 二人で慣れない手つきで、アタフタと料理をしていると。 部屋の外から、誰かの話し声と、足音が聞こえてきた。 小百合さんはそれを聞くとパッと顔を明るくする。 「コウちゃん、帰ってきた!」 足音だけで分かるなんて、まるで犬みたい。 小百合さんは水道で簡単に手を洗うと、パタパタと玄関へ移動した。 私はゆっくり顔を上げ、彼女の背中を追いかけるように、玄関のドアの方へ目をやった。 そして、ドアが開かれ、現れたのは−−−。 「こんばんは〜」 呑気な男の声。 聞き覚えが、ある。 「いらっしゃ〜い、あがって!」 小百合さんははしゃいだ声で男に言った。彼は慣れたように靴を脱ぎ、さっさと部屋に上がり込んで、そこでようやくキッチンで立っている私に気づいた。彼は爽やかに笑い、片手を上げて、「オスッ!」と挨拶してきた。 「ナナちゃん、もう来てたの?」 さらに「張り切ってるね〜」と笑った。私は、呆然として、彼の顔を見つめる。 茶色い髪に、耳にはピアス。今日の服装は、派手なシャツにチノパン…。 佐野先輩だった。 先輩は小百合さんにドーナツ屋の箱を渡しながら、「あいつ、今チャリしまってる」と言った。『あいつ』というのは、たぶん『コウちゃん』のことだろう。 …そんなことより。 「なんで、佐野先輩がここに…?」 尋ねると、小百合さんが顔を覗かせ、答えた。 「大勢の方が楽しーと思って、リョータ君も呼んだの!」 リョータ君。 さっき、小百合さんの話に出て来た『リョータ君』とは、佐野先輩のことだったのか…。 前へ |次へ |
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