《MUMEI》

如月先輩は顔を上げて私を見ると、ニコッと笑う。

「瀬戸サンは知らないよね。俺、高校に入ってからここで一人暮ししてたの。親は揃ってウィーンに行ってるからさ」

簡単に説明してから、如月先輩は佐野先輩を振り返る。

「センセーが、親に連絡しちゃったんだよね。おかげでカンカン。どういうつもりなんだって、この前、親父から電話があったよ」

佐野先輩は真剣な顔をして、「それで?」と先を促す。

「他になんか言われなかったのかよ?」

如月先輩は深いため息をつく。

「すぐ、こっちに来いって。ウィーンで音楽の勉強をしろってさ」

しん…と食卓が静まり返った。私は何も言えず、ただ俯いた。そんな中、小百合さんが不安げな声で「コウちゃん…」と呼びかける。

「外国、行っちゃうの?」

頼りない声だった。如月先輩は隣の小百合さんの方を見ると、爽やかに笑った。

「そんなわけねーじゃん!!ちゃんと断ったよ」

そう言い切って、彼女の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。小百合さんは顔をしかめながら「やめてよ〜!」と甘えた声を上げる。
その二人の様子を目の当たりにして、私は足の先がひんやりとしていくのを感じた。
けして割って入ることの出来ない強い絆が、この二人の間にあることを直感して。

如月先輩はさっぱりと「この話、終わり!」と言うと、スプーンを取った。

「今日は瀬戸サンに感謝する会だろ?もっと楽しくやろうぜ!」

そう言って、彼はカレーを口にかきこんだ。
佐野先輩は壁際に置いてある私のバイオリンケースを見遣り、「ナナちゃんて、音楽コースだったよね?」と尋ねてきた。私は顔を上げて、頷く。
すると今度は如月先輩が、「こいつ、スゲーんだよ」と明るい声で続けて言う。

「夏休みも返上で、個人レッスンしてるんだよ。根性あるよな〜」

その言葉に私はハッとする。

「あの!」

突然大きな声を上げたので、みんなビックリしたように私の顔を見た。みんなの視線に一瞬、気圧されたが、私は怖ず怖ずと如月先輩を見て、尋ねる。

「どうして、私が夏休みもレッスンしてるって、知ってるんですか?」

ずっと疑問だった。
『コウちゃん』の正体が如月先輩だったから、私のことを知っているのは、理解出来る。でも、何故、夏休みのレッスンのことまで知っていたのだろう。彼にそこまで話した覚えはない。
私の問い掛けに、如月先輩は、「あれ?」と変に高い声を上げた。

「センセーに言ってたじゃん。夏休みも通うって」

先生に?

私は少し考えて、あっ!と思い出す。
レッスンルームに訪ねて来た先生に、そんな世間話をしたような気もする…。

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