《MUMEI》

私は、少し呆れたようにぼやく。

「そんな話、よく覚えてましたね…」

私の名前の時も、同じことを言っていたな…と思い出しながら、ため息をついた。
如月先輩は明るく笑い、「俺、記憶力いいんだよね」と言った。その隣で小百合さんが、「そのわりに、お買い物頼むと何か買い忘れるよね〜」と同じように笑う。
小百合さんの言葉に如月先輩はムクれて、「なんだよ」と文句を言う。

「お前ほど抜けてないよ」

「ひどーい!」

食卓に楽しそうな笑い声が響く。
幸せそうな二人を目の前に、私は俯いてしまう。仲睦まじい、この二人を見ているのはちょっとツライものがあった。

如月先輩は、「そうだ!」と何か思い出したように立ち上がると、部屋の押し入れの戸を開けて、ゴソゴソあさりはじめた。それから、「見ーつけた!」と陽気な声を上げて、再びテーブルに戻ってくる。
そして、私の顔の前に、それを差し出す。

「ナナちゃんにプレゼント」

そう言われて、私はゆっくり顔を上げた。
目の前には、黒い小さな四角い機械。
それを見てから、私は如月先輩を見上げる。
彼は微笑んだ。

「メトロノーム付きのチューナー。持ってないんだろ?」

私は再び、黒い機械に視線を落とす。如月先輩は続けた。

「電子式だから狂わないし、ちっせーから便利。親から貰ったやつけど、俺はもう使わないから」

「やるよ」と言いながら、メトロノームをテーブルの上に置いた。私の隣からそれを覗き込み、佐野先輩は冷やかすように言った。

「『やるよ』だって!如月先輩ったら、男前〜!」

バカみたいにはしゃいでいた。小百合さんは私の顔を見て、「貰っちゃいなよ、ナナちゃん!」と嬉しそうに言う。

「コウちゃん、あんまりひとに物あげないんだよ。ね!珍しいよね、リョータ君」

話を振られた佐野先輩は深々と頷いた。

「コイツ、俺等の学年の間じゃ、ケチで有名なんだぞ。金持ちのくせに」

その台詞に如月先輩はあからさまに嫌な顔をした。

「金持ちなのは親だろ?俺、こんなビンボーなんだから」

そしてカレーを一口食べる。

「それにケチじゃなくて、倹約家だ」

言い直した如月先輩に対し、佐野先輩は半眼で睨んだ。

「どっちも大して変わらねーじゃん」

「ね〜?」と小百合さんと首を傾げて言う。如月先輩は顔をしかめながら、しかしそれ以上は何も言わず無視を決め込んだ。

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