《MUMEI》
帰宅
家のすぐ近くまで来た時、腕に回覧板を抱えた隣のおばさんと鉢合わせしてしまった。
「あら、エリナちゃん。今、帰り?あ、これ、回覧板」
甲高い声が耳につく。
「あ、どうも」
「エリナちゃんは偉いわね、寄り道せずにまっすぐ帰ってきて。
うちの娘にも見習わせたいわ。毎日、毎日遊び歩いて。
誰がここまで育てたか、わかってるのかしら――」
エリナはしばらく笑顔で会話を交わした。
ようやく開放されて家の門を開けると、頬の筋肉が痙攣するのを感じた。
とても、とても長い立ち話だった。
「ただいま」
返事はない。
いつものことだ。
エリナの家は昔からほとんど会話がない。
しかし、家の外では別人のように両親は仲良くなり、そして社交的になる。
その時だけエリナもまた、いい娘になった。
そのおかげで、近所では仲の良い家族と評判である。
エリナは回覧板を玄関に置き、静かに二階にある自分の部屋へ向かう。
キッチンには夕飯の支度をする母の姿があったが、声は掛けなかった。
掛ける必要もない。
部屋に入ると鞄を放り投げ、ベッドに仰向けで寝転んで、一息ついた。
多田はどうなったのだろう。
ひょっとしたら病院送りになっているかも。
連れて行かれる多田の顔が頭に浮かぶ。
それと同時にフッと思考が真っ白になった。
考えるのが面倒臭い。
人のことなど、どうでもいい。
どうせ、自分には関係のないことなのだから。
それからしばらく、エリナはまるで目を開けて眠っているかのように瞬きもせず、じっと天井をただ見ていた。
どのくらい経っただろう、母の呼ぶ声が階段に響いた。
夕飯ができたらしい。
エリナは起き上がり、ようやく制服から着替えた。
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