《MUMEI》
護身術
会議室では、光が待ち構えていた。光の隣には宮戸しおりがいる。
「素敵な男性よ」
「ホントですか?」光が目を輝かせた。
「あたしがチンピラに絡まれて、完練さんの背中に回ったとき、普通は下がってなって言うのに、彼は行っていいよって言ったのよ」
光はしおりの言わんとしていることがわからず、真顔で見つめた。
「つまり、行っていいよってことは、見返りを期待せずに純粋に助けてくれたわけでしょ」
「ああ、そうか、そういう人好きかも」
「でしょ」
光はしおりを直視した。
「チンピラに絡まれたんですか?」
「大丈夫、大丈夫」
それよりしおりは大事なことを思い出した。
「光チャンて確か、太っている人NGだったわよね?」
光の顔が曇った。
「太ってるんですか?」
「あ、まあ。でもお見合いじゃないんだから、ビジネスパートナーだから」
「そうですよ」
そこへ柴原部長と平中が入ってきた。そして、その後ろからプロレスラーのような逞しい男が続いた。
光は立ち上がると、かしこまって挨拶した。
「初めまして、麻央です。よろしくお願いします」
完練は光を見た。
(かわいい!)
「私の名前は完練英雄。完勝の完に練習の練。英雄と書いてひでおと読む。エーちゃんと呼びな」
人差し指を天に向けてポーズ。
「カンラ、カンラ、カンレン、だれがアホや?」
光は表情が硬直している。しおりが笑った。
「面白い人でしょ」
こういうのを面白いと言うのだろうか。光は現実の厳しさを知った。
(苦手かも)
とりあえず今までの事件の経過を完練に話し、完練もいろいろ質問した。
第一印象はかなり悪かったが、会話が楽しいので打ち解けた。
光は肥満は嫌いだがお笑いは好きだった。
会議室での話が終わると、しおりは光と完練を強引に誘った。
「近くの土手で話しましょう」
そう言って二人を連れ出すと、しおりは慌てた。
「いけない、あたし約束があったんだ、ごめんなさい」
さっさと行ってしまった。
光はムッとした顔でしおりの背中を見た。
(しおりさん、余計なことを)
完練は、光と二人きりになり、少しボルテージが上がった。
「光さん」
「はい」
「光さんって呼んでもいい?」
光は笑顔で答えた。
「好きな呼び方でいいですよ」
「じゃあ光」
「いいですよ別にそう呼びたければ」
明らかにムッとした顔だ。完練は慌てた。
「冗談、冗談。光チャンは?」
「チャン付けなら呼び捨てのほうがいいですね」
「そういうもんか?」
「ほかの人は知らないけど、あたしは」
「なるほりろ」
二人はベンチにすわった。
光は辺りに人がいないことを確認すると、完練の目を真っすぐ見た。
「完練さん」
「はい」
「あたしに、護身術を教えてくれませんか?」
「護身術?」
「短期間で強くなりたいんです。その代わり、厳しく教えてもらっても構いませんよ」
完練は乗ってきた。
「大丈夫、懇切丁寧に教えるから」
「じゃあ、OKなんですか?」
「でもなぜ強くなりたいの?」
光は俯いた。
「犯人は、相当な悪党ですよ」
「君を危険な目には遭わせないよ」
光は完練を見つめた。
「でも、完練さんは365日24時間あたしを守れるわけじゃないでしょ」
「そうだな。自分のことは自分で守るというのが正しいな」
「よろしくお願いします」
光に頭を下げられて、完練は感激した。
「いつから?」
「完練さんが良ければ明日の朝から」
完練は渋い顔でジョギングしている男性を見た。
「じゃあ、ここで朝7時に」
「はいコーチ」
かなり意外な展開だ。完練は早くも興奮したが自制心を総動員した。
「そうだ、スポーツは何かやってた?」
「テニスを」
「どれくらい?」
「一応、県大会で優勝したこともあります」
ハイレベルではないか。完練は安心した。
その身体能力があれば、格闘技も覚えが早いだろうと思った。
「では明日」

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