《MUMEI》 トレーニング市立探偵の発案者である片岡市議は、市役所の駐車場に車を入れた。 「ん?」 車の前に怪しい男が一人。帽子を被り、黒の真ん丸のサングラス。初夏に不似合いなよれよれのコート。 物騒な世の中だ。片岡は警戒した。 男は助手席のほうのドアを叩いた。仕方なくウインドを少し開けた。 「片岡市議ですね」 「はい」 「私は私立探偵の完練英雄です」 「はあ…」 「麻央光さんと組んで仕事をすることになりました」 片岡はようやく笑顔になった。 「ああ、あなたが。聞いてます聞いてます」 ロックの開く音がすると、完練は素早くドアを開けて助手席にすわった。片岡は少々面食らった。 「実は話したいことがある」 「何でしょう?」片岡は緊張した。 「防犯対策室の本当の目的は何かな?」 「本当の目的?」 「選挙?」 「まさか!」片岡は心外とばかり即否定した。「そんなんじゃありません」 「では純粋に防犯対策を?」 「そうです。市民の命、生活を守るのは政治家の責務です」 「守られていないではないか」 完練の厳しい言葉に、片岡は一瞬俯いた。溜め息をつくと、前方を見ながら話した。 「確かにそうです。政治不信は感じています」 「そんなレベルじゃない。政治家の信用など地に落ちている。政治家が助けてくれるのを待っていたら窒息死してしまう。それに気づいた庶民は、自力で道を切り開いている。何のための市役所か。何のための政治家なのか。しかし、国民のSOSは政治家には聞こえていないようだ」 片岡は力強く言った。 「そんなことはありません。危機的状況だと私は認識しています。もちろん認識するだけじゃなく動いています」 完練は溜め息をついた。 「あなたは信用できる。だが、これからも政治家は厳しく監視する。すべての政治家が庶民を第一に考えていたら、こんな狂った世の中にはなっていない」 それだけ言うと、完練は素早く車から出た。 片岡はハンドルを両手で握りしめた。ショックですぐには車から出れなかった。 翌朝。 完練は土手に来た。普段着のままだ。しかし光はやる気満々。先に来て走っていた。 オレンジ色のタンクトップにオレンジ色の短パン。裸足にオレンジ色のシューズ。 完練は目が危ない。 「かわいい!」 ファッショナブルなスタイル。 「反則だ」 見事な脚線美。 「犯したいって、アホか!」 独り言を呟いていると、光と目が合った。 「おはようございます!」 「オハヨー」 汗が光る。たまらなくセクシーに映る光。完練のもともとないに等しい理性が揺らいだ。 「ではまずストレッチ。脚を押さえてあげる」 光は真顔で言った。 「柔軟体操は十分やりました。時間もないし、技を教えてほしいんです」 「手取り足取り教えられるのを避けたね」 「違いますよ。完練さんを信用してなかったら、コーチなんか頼むわけないじゃないですか」 それもそうだ。それより何より口を尖らせるときの光は魅了される。 完練は妄想しないように理性を総動員した。 「よし。ではまず構えから」 「はい」 「自然に立って、肩幅に両足を広げ、右足を引いて半身に構える」 光も完練の隣で一緒にやった。 「左拳はこめかみをカバーし、右拳は顎をガードする」 完練は光を見た。 「この構えを体で覚えて」 「はい」 「ではジャンプして着地したときに、この構えが崩れていないようにする練習。はいジャンプ!」 光は素直にジャンプして着地しながら構え。これを何度も繰り返した。 「いいね。君は運動神経良さそうだ」 「本当ですか?」 「オレが嘘ついたことある?」 「知り合ったばかりなのでわかりましぇーん」 完練は心の中で叫んだ。 (これが青春だ!) 「明日は左ジャブを教えるよ」 「本当ですか!」 光の輝く笑顔。完練は引き込まれていく。 「いい脚してるね」 光は顔を曇らせた。 「それってセクハラですよ」 「なぜにい!」 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |