《MUMEI》
公園のベンチで
小百合さんが、いかがわしいことをしているひとだなんて、知るよしもなかった…。

ぼんやりと、公園を眺めていると。


「見つけた!」


透き通るような、声が、聞こえた。
私は、驚いて振り返る。

そこには。

「夜の公園で一人は危ないよ、瀬戸サン!」

如月先輩が、立っていた。
私は呆然と彼を見つめる−−−。




私は如月先輩と公園のベンチに、並んで腰掛けていた。夏の夜の、湿った空気が私達を包み込む。
先輩は何も言わなかった。聞こうともしなかった。
ただ、口を閉ざして、夜の星空を見上げていた。

二人とも黙ったまま、時間だけが過ぎていく。

先にこの沈黙に堪えられなくなったのは、私だった。

「見ちゃったんです」

私の声に、先輩が振り向いた。私は彼の顔を見られずに、俯いて、続ける。

「洗面所のごみ箱に…その、妊娠検査の…」

そこまで言って、口を閉じた。続けられなかった。心が痛くて、張り裂けそうで、もう、辛かった。

私のたどたどしい言葉に、先輩は全てを察したようで、でも、「そうか…」とだけ呟いた。

私は顔を上げ、先輩を見つめる。

「小百合さんから聞きました。先輩と結婚の約束してるって。最初は冗談かと思いましたけど…」

一息ついて、「でも」と続けた。

「そういう理由が、あったからなんですね…」

再び、沈黙が訪れた。私は堪えられず、また俯いた。泣きたかった。何故か、そんな衝動にかられて、私は目をきつく閉じる。

そこに、柔らかな声が流れ込んできた。

「それも、理由のひとつだけど」

私はハッとして顔を上げる。先輩はまた、空を見上げていた。
先輩はそのまま、「去年の冬にさ…」と言った。

「俺、この公園で、初めてあいつを見かけたんだよね」

『あいつ』というのは、小百合さんのことだろう。彼は懐かしそうに、言った。

「学校から帰る途中、あいつ、制服着たまま、寒いのに、このベンチで腰掛けてぼーっとしてた。毎日毎日…いつも独りでさ。結構、遅い時間までいたから、何してんのかなーって気になって」

私は黙っていた。彼は続ける。

「でも、ある日、お巡りがあいつのこと交番に連れていこうとして…ほら、制服のままだから、家出かなんかと思ったんじゃない?
見るに見兼ねて、兄貴ですってウソついて、とりあえず補導は免れたんだけど。
夜も遅いから家に送ろうとしたら、あいつ、スッゲー嫌がってさ。尋常じゃないんだよ。コドモみたいに泣きじゃくって…」

そこで、一息つく。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫