《MUMEI》 主犯翌朝も光は、タンクトップと短パン姿で走っていた。 裸足にシューズ。決まり過ぎてる。彼女を守る立場の完練としては、ストーカーに狙われないか心配だった。 その反面、光の薄着は見ていたい。早くも矛盾帝王の本領発揮だ。 「いかんいかんいかん」 完練は頭を振った。妄想族に朝も昼も夜もない。 「おはようございます!」 「オハヨー」 完練はきさくに言った。 「いつも爽やかで、モテるでしょう?」 「モテませんよ」 早速左ジャブから右ストレートのコンビネーションブローを練習した。 光は上達が早い。 「家でも練習してるんだ?」 「え?」 「私の正体は透明人間」 「何言ってるんですか?」 光がニコニコしているので完練も歓喜爆発だ。 かなりヤバい。恋かもしれない。完練は無理に渋い顔をつくると、左ジャブから右ストレートを放って見せた。 「速い。痛そう」 光も左ジャブから右ストレート! 「右ストレートも当たった瞬間に拳を握るのと引くのは同じだが、貫くイメージも大事だ」 「貫く?」 「光。右足で地面を蹴ってみな」 光は右足で地面を蹴るようにして体重を前に移動させた。 「その反動を利して、腰の回転も使って、右ストレートを打つ。つまり、腕だけでぶん殴る素人との違いはここにある」 「増えましたね」光が笑った。 彼女はスローモーションで動作を確かめた。 「右足で地面を蹴って、腰の回転も使って、拳を貫く、けど当たった瞬間にギュッと握って、速く強く引く」 「それを瞬間にやるんだ」 「ひえい」 「体で覚えるしかない」 「はい」 光は真剣な眼差しで左ジャブから右ストレートを繰り返した。 「格闘技は1に練習2に練習3に練習。練習、練習、練習だよ」 「はい」 光が眩しく光る。彼女がひと息つくと、完練は土の上で拳立て伏せをやって見せた。 「痛いよ完練さん」 「痛くない。オレは砂利の上で拳立て伏せをやっている」 「砂利?」光の顔が歪んだ。 「最初は畳の上で練習して、次はキッチン。廊下。まあ平なところならできて当たり前だ。砂利はともかく、せめて地面。つまりコンクリートの上で拳立て伏せができるようになればな」 「えええ?」 光が自分の綺麗な拳を見た。 「無理しちゃダメだよ。痛めたら意味がないから」 「はい」 完練は光を見送ると、公園へ行った。男がベンチでスポーツ新聞を広げている。 「グッモーニン」 完練も横にすわった。 「損しちまったよ」 男が吐き捨てた。完練は新聞を覗く。 「競馬?」 「100万儲かるって言うから乗っかったら、1レースも当たらねえ」 「情報会社か。オレも6社に騙された」 「当たらねえ情報なんぞゴミに等しいんだ!」 男は相当怒っている。 「競馬より探偵の情報屋のほうが確かだ」完練が笑った。 「もっと仕事くれなきゃ」男も笑った。 「で、どうだった?」 「完練さんの睨んだ通りでしたよ」 夕方。 光は家でトレーニングしていた。左ジャブから右ストレートを放つ。 「ふう」 タオルで汗を拭くと、キッチンの床を見た。 唇を真一文字にする。光は、キッチンの床に両拳を置いて、体重を預けた。 「イタタタ!」 やはり無理だ。完練は砂利でも平気だと言う。拳が凶器と同じなのだろう。 光は一人暮らし。部屋で全部脱ぎ捨てると、バスルームに入ってシャワーを浴びた。 ピンポーン。 チャイムの音に彼女はビクッとした。嫌でも哲朗の顔が浮かぶ。 ピンポーン。 光は仕方なく脱衣所に出て髪と体を拭き、受話器を取った。 「はい」 「完練です」 ホッとした。 「今シャワー浴びてたんで、少し待ってもらえますか?」 「バスタオル一枚で出てきてもいいよって言ったらセクハラ?」 「痴漢でしょ」 ピシャリと言われた。肘鉄という古典的エルボーは胸に響く。 ドアが開いた。光はシャツとジーンズをしっかり着ている。 (夢破れたりって、アホか!) 前へ |次へ |
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