《MUMEI》
遭遇
完練は玄関で話した。
「犯人がわかった」
「え?」
光は口を半開きにする。振り向いて部屋の奥を見ると、完練に言った。
「どうぞ、狭いけど」
完練は渋い顔で光を見すえた。光はまだ、本当の完練を知らない。
「男を部屋に上げるの?」
「もちろん完練さんのことを信用しているからですよ。ほかの人は入れませんよ」
「嬉しいけど、独身女性の部屋には上がらない主義でね」
「紳士なんですね」光が笑う。
「旦那が留守中も同じ。主婦と二人きりにはならない」
「そういう人は信用できますよ」
ポイントは高い。そもそも嫌いならトレーニングのコーチなど頼むはずはないが。
完練は言った。
「君もプロの市立探偵だ。いちいち驚いたり激怒したりしちゃダメだよ」
「はい」光は熱い眼差しで完練を見つめた。
「主犯は、兄貴だ」
「え?」
さすがの光も驚愕の表情を見せた。
翌日。
人けの全くない場所に、柊哲朗は現れた。
暫くすると、黒の皮ジャンを着た男がやって来た。
「貴様!」
哲朗は男の姿を見るなり掴みかかった。
「だれがあそこまでやれって言ったよ!」
哲朗は泣きそうな顔で男を揺さぶった。
「夜月。ちょっと脅すだけじゃなかったのかよ!」
夜月と呼ばれた男は、苦笑しながら言った。
「最初はそのつもりだったんだけどな。妹があまりにもかわいくてさあ。ついつい意地悪したくなったんだ」
「テーメー!」
哲朗がぶん殴ろうとしたが、夜月が先に押し倒した。
「そんな大事な妹ならなあ、家にかこまっとけ!」
「何だと!」
哲朗は立ち上がった。夜月は余裕で煙草をふかす。
「おまえの言う通り、あの子は冒険気分を味わいたいっていう危ない願望を無意識に持っている。若いうちに怖い目見たほうがいいんだよ」
「ふざけるな。だからっていくら何でもやり過ぎだろ!」
そこへ光が登場したので、哲朗の蒼白は顔面になってしまった。
「あ、あ、え?」
「お兄さん。あんた最低ね!」
哲朗は口と目を開いたまま汗だくだ。
光は夜月のことも睨んだ。
「あんたも最低の男ね。本来なら警察に突き出すところだけど、未遂で止めてくれたのは、正直、情状酌量の余地はあるわ。自首しなさい」
夜月は焦った顔で哲朗に聞いた。
「刑事か?」
「市立探偵よ」光が凛々しく答えた。
「私立探偵?」
夜月は探偵と聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「探偵さん。いいかい。俺が警察に捕まれば、当然実の兄貴に頼まれたと喋る。この仲の良い兄妹はおしまいだ」
哲朗は土下座して地面に拳を打ちつけた。後悔しても遅い。
「当然お兄さんにも罪は償ってもらう。もちろん、あなたもね。何の罪もない女性にひどいことして、ただで済むわけないでしょ」
哲朗は泣き崩れた。
「もう何もかもおしまいだあ!」
しかし夜月が言った。
「哲朗。諦めるのはまだ早いぞ」
夜月の言葉に哲朗は顔を上げた。
「不幸中の幸いは、この人けのない場所にこの女一人ってことだ」
夜月が怪しく笑う。光は緊張した。哲朗は泣き顔で怯える。
「夜月。まさか。怖いことはやめろよ」
「殺しはしないよ、こんなカワイ子チャン。女の子は裸にされると弱いからな」
光は激怒した。
「その卑劣な考え方を粉砕してやるわ」
「今強気でも当て身食らって、目覚ましたら全裸でその木に縛られている。そうなったら平謝りだろうな女の子」
「そんなことさせない」
「させないって、腕ずくでするんだよ」
夜月が歩み寄る。光は焦った顔で下がった。
「やめろよ夜月」
「おまえは黙ってろ」
夜月が冷酷な顔で近づくと、光のボディに拳を…と思ったが、光の左ジャブが顎に炸裂。
何が起きたかわからない夜月。光は怒りの表情で目の下めがけて右ストレート!
夜月は卒倒した。哲朗は再び蒼白顔面。目と口を開けたまま硬直した。
「自首しなさい」
夜月は驚いて光を見上げた。
「腕に覚えがあったわけね」

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