《MUMEI》

喜多の顔にはもはや笑顔は浮かばない。あるのは冷や汗とどう逃げ延びるか、それだけだった。

だが───それすらも許されないというようにまだ絶望感が積み重ねられる。



不意に体が強ばった、さっきのような命令で動けなくなったのではなく、自発的になんだか
"動いてはいけない気がした"
なにか───自分の後ろに得体の知れない死神が生まれたような錯覚に陥る。


その存在はゆっくりとしていながらハッキリと生まれる。

実際は死神なんかよりも恐ろしく、女神より慈悲深い心と力を持った。

ある意味、この世で最も厄介な存在が───声を出す。


「やあ、どうしたの?泣きそうな顔だよ?」

喜多は気付いていなかった。いつの間にか、自分の目がうっすらと涙を溜めていたことに。

泣きそうでギリギリの喉を理性で無理矢理抑え込みながら、喜多は叫ぶ。

「お…お前っ…!なん…で…」

「簡単さ。効かなかった、それだけさ。」

言い終えると同時に季紫は喜多に零距離まで跳躍し、近付く。そしてそこからその場に押さえつけながら、言葉を叩きつけた。

「神の相手には───"神か、否か"…それだけさ。じゃあ…覚悟はいい?っ…と、その前に…」

そう言うと、元子猫に手を伸ばした。すると子猫が光に包まれ、光が消えると子猫は嘘のように元気になった。

その光景に誰もが驚きを隠せないと言うような顔をした。医十印も喜多はともかく、ミスアや快楽でさえ、信じられないと言うような顔になっていた。


死は天使や悪魔などには扱えず、神や女神でも扱うことは難しいとされ、扱うことのできる神はひとつまみにも満たない。

それを季紫は飄々とやってのけたのである。


「すごーい!初めて見た!私の言葉でもまだ出来ないのにー!」

「レベルが違うって思っていたけど…ここまで違うならかなわないねぇ♪」

快楽もミスアも素直に感嘆の声を上げる。

医十印は驚きすぎ、一回りして当たり前のように見ることしかできなかった。

「さて…次は君だよ、待たせたね?」

季紫が喜多にゆっくりと微笑みながら振り向く。

その微笑みは天使に負けないような笑みだったが、その顔で季紫は悪魔のように囁く。

「今から君には罰を受けてもらう。と言っても簡単さ、
"今僕が治した子猫が受けた痛み"と
"そこらに気絶している君の仲間が受けた痛み"
をすべて君に受けてもらうだけ…簡単だろう?」

喜多は季紫の言っていることが解らなかったが、快楽やミスアは意味が解ったらしく、

諦めるような笑いと楽しみというような無邪気な笑みをそれぞれ浮かべている。

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