《MUMEI》 神妙な顔で見つめていると、突然、先輩は伸びやかな声で、「それでも」と続ける。 「俺は、あいつの笑顔を守ってやりたいんだ。それが、俺の正直な気持ちだから」 「それだけは、はっきり、わかってる」と、彼は、清々しい微笑みを浮かべた。 その表情を見つめて、私はようやく気がついた。 …ああ。そうか。 私、如月先輩のことが、好きだったんだ。 この笑顔が。あの声が。 彼が紡ぐ、たくさんの言葉が。 愛しくて、大切で。 でも。 彼は、違うひとの、ものなんだ。 あの、天使のような、小百合さんの…。 そして、二人には、断つことのできない、《絆》という名に相応しい、新しい命が。 自分の気持ちに気付いた瞬間、その想いが届かないものだということに、気付いた。 どうやって、この気持ちを無くすことが出来るのだろう。 私には分からなかった。 如月先輩は、ベンチから立ち上がると歩き出しながら、「駅まで送るよ」と言ってくれた。 先輩の背中を見つめながら、私は視界が滲んできて、それが涙のせいだと気づくのに、少し、時間がかかった。 この気持ちは何だろう。 胸の中で繰り返しながら、私は先輩のあとを追い、駅に向かった。 パーティーから、何日か過ぎて。 私は、個人レッスンを終えて校門を出ると、そこに、思いがけないひとが、立っていた。 フンワリとしたウェーブのロングヘアーに、ゆったりとしたシルエットのワンピース。足元は踵の低い、サンダル。 私は驚き、目を見開いた。 「小百合、さん…」 名前を呼ぶと、彼女は儚い微笑みを浮かべた。悲しそうな、寂しそうな…。彼女の物憂い表情から、私は目が離せなくなる。 私が言葉を探していると、先に小百合さんが口を開いた。 「ここが、ナナちゃんの学校なんだね!」 校舎を眺めながら、「ひろーい!」と明るい声で言う。 「場所は知ってたけど、来たのは初めて。なんか学校って、どうしても苦手で」 彼女の言葉に耳を傾けながら、私は一度、瞬いた。 何故だろう。 小百合さんの取り留めのない話が、下らなく思える。以前は、そんなコドモみたいに、無邪気な雰囲気が可愛いと思っていたけれど、今は明らかに、違って見える。 心が、酷く冷え切ってくるのを感じた。 だって、小百合さんは『コドモ』じゃ、ない。 彼女は、『オンナ』なのだ。 義理の父親と、如月先輩という、二人の男を知っている、『オンナ』なのだ。 前へ |次へ |
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