《MUMEI》
悪魔
「何か用?」

私は極力冷たい言い方で告げた。小百合さんは狼狽したようだった。目を左右に泳がせて、必死に言葉を探していた。
私は、少し間を置いてから、呟く。

「忙しいから、帰るね」

彼女の横をすり抜けて、私は歩き出した。小百合さんはハッとして振り返り、「ナナちゃん!!」と叫ぶ。私は立ち止まり、振り向いた。
小百合さんは泣き出しそうな顔をしていた。悲しげに眉を歪め、瞳を潤ませている。
彼女は震える声で、言った。

「仲直り、したいよ…」

私は彼女の顔をじっと見つめて、ゆるりと瞬いた。小百合さんは、一生懸命言葉を選び、続ける。

「私、女の子の友達いなくて…だから、ナナちゃんと友達になれた時は、ホントに嬉しくて…」

私はもう一度、瞬く。感情が高ぶったのか、小百合さんはしゃくり上げながら言った。

「お願い、仲直りして…下さい!」

そう言い切ると、彼女は深々と頭を下げた。
私は目を大きく開いて、「仲直り…?」と呟いた。

仲直り?
友達?

ふつふつと、胸の奥底から沸き上がってきた黒い気持ち。
私は、それを、そのまま小百合さんにぶつける。

「意味、分かって言ってるの?」

私が冷静な声で言うと、小百合さんは頭を上げて、眉をひそめた。私は「イヤだなぁ…」と、呆れたように笑う。

「仲直りって、親しい者同士ですることでしょう?」

小百合さんは目を見開いた。私は、優しい目をして続ける。

「私、小百合さんと友達になった覚え、ないけど」

小百合さんは、呆然とした表情を浮かべた。私はまっすぐ彼女の顔を見据える。
譫言のように、小百合さんは言った。

「ど…して、そんなこと、言うの…?」

私は一度瞬いた。小百合さんは大きな瞳に、涙を湛えていた。

どうして?

「私、なにか、した…?」

そう続けた小百合さんの声が、震えていた。傷ついた彼女を見て、私は唇の端を吊り上げて、笑う。

「どうしてって、私と小百合さんは、《世界》が違うじゃない」

「…セカイ?」

小百合さんは、《世界》の意味がよく分かっていないようだった。
繰り返した彼女の声に、私は頷く。

「小百合さんて、普通じゃないでしょ?学校行ってなかったり、同棲してたり…そんなコと、友達なんか、なるワケないじゃん」

私はため息をついて、「それに…」と続ける。

「私は、小百合さんとヘタに関わって、道を踏み外したくないから…」

そこで一息ついて、私は彼女を睨んで言った。


「如月先輩みたいに」

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