《MUMEI》 色香夜月は立ち上がろうとしたが、すぐに横を向いた。 隠れていた完練英雄が歩いて来たからだ。 「なるほど。助っ人もいたわけね」 「当たり前だ」完練が言った。 光は、土下座している哲朗のもとへ行くと、静かにしゃがみ、優しく言った。 「お兄さんは妹さんに自首してください」 哲朗は下を向いた。 「妹に縁を切られたら、生きていけない」 夜月は冷ややかに見ている。完練は夜月の動きを念のために警戒していた。 「お兄さん。考えてみてください。もしも警察など第三者から真相を聞かされたら、たぶん終わりでしょう。でもお兄さんの口から正直に話して心から謝れば、もしかしたら許してくれるかもしれません」 哲朗は拳を握りしめた。 「あたしも一緒に頭を下げますから」 光の姿勢に、完練は感激していた。 光と完練と哲朗は、明枝のもとへ行った。すべてを話し、哲朗は頭を下げた。 明枝は無表情で無言。重い沈黙が続いた。 完練は明枝を見た。洒落た茶髪。スリムなボディ。顔もかわいいが、まだ十代なのに独特の色香が漂う。 (かわいい) 不謹慎にもほどがある。 愛らしい唇を結んでいた明枝が、口を開いた。 「いいよ。許してあげる」 哲朗は顔を上げた。光は完練と顔を合わせて笑うつもりだったが、完練は明枝を見ていた。 少しカチンと来たが、大人気ないと思い直し、光も笑顔で明枝を見た。 二人が家を出ると、明枝が追いかけてきた。 「完練さんて、本物の探偵さんなんですか?」 「そうだけど」 明枝はキュートなスマイルを向けた。 「あたし、探偵に憧れてるんです。結構自分では向いてると思うんですよね」 「ほう」 明枝は積極的だ。 「完練さんがもし嫌じゃなかったら、一度お話が聞きたいんですけどダメですか?」 明枝は急に真顔になると、つぶらな瞳で下から覗き見る。 (長けてる) 完練は思った。おそらく無意識だろうが、男心をくすぐるしぐさに長けている。 「もちろん嫌じゃないよ。また今度ね」 「今度とお化けは出た試しがないって、よくお兄さんが言ってた」 明枝はムッとした顔で完練を睨んだかと思うと、ニカッと白い歯を見せてメモを素早く渡した。 「あたしのメルアドです。メルアド教えてメールくれなかったら凹みますよ」 そう言うと、小走りに家に戻り、照れた笑顔で完練にバイバイと手を振り、光におじぎして家の中に入った。 光は完練に聞いた。 「惚れた?」 「何を言う気ビバーチェ」 「知りませーん!」 完練は大事そうにメモをしまった。それを見ていた光が言う。 「あの年頃って、OLや公務員よりも、芸能界とか探偵とか、特殊な職業を夢見るのよね」 「あの年頃って、君も大して変わらないではないか」 「24と19は天地の差よ」 「そうかなあ」 光は先に行く。完練はもう一度明枝の家を振り向いた。最後、兄貴の話をしていたから大丈夫だろうと踏んだ。 「今度とお化けは出た試しがないか」 光と完練は柴原部長に報告するため、市役所の会議室に行った。 全部話を聞くと、部長は声を低くして言った。 「実はね。君たちにもうひと踏ん張りしてもらいたいんだ」 「相撲大会でも開催するんですか?」 「塩とまわしを用意しなきゃって、違うよ君!」 突然のノリ突っ込みに二人は唖然とした。 「別の仕事が舞い込んで来たんだ。市内の旅館なんだけどね。夜地下室で怪しいゲームをやっていると市役所に通報があってね」 「警察にではなく?」完練が聞いた。 「犯罪スレスレの線なんで、警察には電話しずらいと言っていた」 完練は興味を持った。 「潜伏捜査ですね。刑事みたいだ」 「そこで君の使命だが」 「それはいいです」 完練が遮る。光は別のことを心配していた。 「泊まるなら部屋は二つですね」 柴原部長は言葉に詰まった。 「二部屋?」 「予算ですか?」 「よさんか」 「滑ってますよ部長」 「受けたさ」 前へ |次へ |
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