《MUMEI》 浴衣姿光と完練はタクシーで旅館へ向かっていた。 「完練さん二部屋借りてよ」 「わかってるよ。でもさあ、サスペンス劇場で、事件を追ってる刑事と女性記者なんかが地方飛ぶときさあ、結構同じ部屋に泊まってない?」 「ドラマなんか知らないよ」光は口を尖らせた。 「部屋が別々だと打ち合わせのとき不便じゃん」 「打ち合わせは同じ部屋で構わないよ」 完練は手を叩いた。頭上に裸電球を描くのは基本だ。 「そうだ、光。前オレを部屋に入れようとしたじゃん」 「部屋に上げるのと一泊するのじゃ天地の差でしょ」 光は折れない。 旅館に到着した。二人はフロントに言った。 「二部屋借りたいんですけど」 「予約で一杯なんですよ」 「一部屋も空いていないんですか?」 「一部屋は空いていますよ」 あっさり答えた。光は譲らない。 「二部屋ないと困るんですけど」 「ちょっと来て」 完練が光の手首を掴む。 「何よ?」 「オレを信じてほしい」 「主婦とも二人きりにならないんじゃなかったの?」 「仕方ない。私の別名は矛盾帝王」 「ふざけないで」 フロントが聞いた。 「どうするんです?」 「一部屋お願いします」 完練が答えると、光はムッとした。 二人は女性に部屋を案内され、とりあえず荷物を下ろした。 「せっかくだから大浴場行こう。怪しいショーは夜だし」 光は浴衣を持って大浴場へ行った。 早くも乙女の危機だが、ここは完練を信じるしかなかった。 光は十分くつろいだ。いろんな種類の風呂を味わい、仕事を忘れて楽しんだ。 マッサージは我慢した。遊びに来たのではない。 浴衣に着替えて部屋に戻ると、完練がいた。 「完練さんは私服なの?」 「オレは光の護衛だから、動きやすい服装じゃないと」 「そっか」 完練は光の浴衣姿を見つめた。 「似合うね」 「どうも」 風呂上がりで濡れた髪がセクシーだ。光は、完練が浴衣マニアであることを知らない。 「怪しいゲームって、やっぱり卑猥なショーかな?」 卑猥と聞いて、光は少し緊張した。 「そろそろ行くか」 「うん」 光は浴衣の帯をしっかり結び直すと、緊張した面持ちで部屋を出た。 二人は地下室に入った。大勢の人がステージの前に集まっている。 浴衣姿も多いが、私服もいる。どうやら旅館に宿泊している客ばかりではなさそうだ。 光と完練は後ろのほうに陣取った。 「光。オレから離れちゃダメだよ」 「お願いね」 光に真顔で言われ、完練は燃えた。 「任せろよ」 完練は全体を見渡した。最前列には浴衣姿の女性が一人。派手な感じだ。まだ若い。 (タイプかもって、アホかオレは) 油断は禁物だ。完練は気を引き締めた。 任務は、とにかく探るだけで深入りはしない。怪しいゲームとはどういうものか。違法でなければやめさせる権限はだれにもない。 ざわめきが起きた。 スーツ姿の男がステージに立った。マイクで話す。 「お待たせしました。西島です」 「待ってました!」 「ありがとうございます」 どうやらお馴染みの司会者らしい。完練は鋭く人物を観察した。柔和な笑顔で物腰も柔らかいが、堅気の人間ではない。 あの独特の渋さは隠せない。 「皆さん。きょうは、だれにでもできる手品を伝授しましょう」 皆西島に注目した。 「ここにトランプがあります。種も仕掛けもございません」 西島はトランプを客に手渡した。客はカードを見る。 「間違いありませんね?」 再びトランプは西島の手に返った。 彼は、慣れた手つきでカードを切ると、客にも切らせた。 「こうして人に切らせるのがコツです。では、その中から好きなカードを一枚、抜いてください」 そう言うと、西島は皆に背を向けた。 「取ったら皆に見せてください」 スペードの6だ。 「では、そのカードを戻して、また切ってください」 客は固唾を呑む。光も完練も身構えた。 これが果たして怪しいゲームなのか。 前へ |次へ |
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