《MUMEI》 私はハッとして目を開く。 何故、小百合さんのことを思い出したのだろう。今、一番見たくない顔だというのに。 あれは、演技だ。 無邪気を演じているに過ぎない。 だって、天使なら、妊娠なんかしない。 自分に言い聞かせ、私はまた、ベッドに寝っ転がる。 天井を見上げながら、懲りもせずまた思い出していた。 ケーキ屋で、二人でケーキを半分こして食べたこと。「おいしい!」と感激した彼女の顔。それを見て、微笑む私。スーパーに行って、おばちゃん達に揉みくちゃにされながら、お買い物をした。牛肉か豚肉で、彼女は真剣に悩んでいた。 その、無邪気で、天真爛漫で、屈託ない彼女を、私は、誰もが軽蔑するような、最も卑怯な言葉で、ズタズタに傷つけたのだ。 今更、気付いた。 取り返しのつかないことを、してしまったのだ、と。 後悔しても、もう、遅いのだ、と…。 私は、その夜、泣いた。 アミアイレの香りの力を借りても、私の胸のつかえが取れることはなかった。 自分の気持ちしか見えない、バカな私。 本当に、イヤになる…。 全部、消えてしまえばいいのに−−−。 数日後−−−。 学校へ向かう途中、駅の改札で、佐野先輩に待ち伏せされていた。彼と会うのは、あのパーティーの日以来だ。 彼の姿を見た瞬間、嫌な予感がした。 きっと、小百合さんが、佐野先輩にチクったのだろう。 私が心ない言葉を、彼女にぶつけたことを。 佐野先輩は私に気づくと、固い表情でズカズカと近寄ってきた。怒っているのだろうか。もしかしたら、殴られるかも…。 すっかり怯えて、私はかばんで頭を覆うと、先輩はその私の腕をギュッと握った。 ビックリして、私は「放してください!!」と叫ぶと、先輩は低い声で、私の耳元で囁いた。 「大変なんだ…」 大変? 一瞬、キョトンとして私は顔を上げた。佐野先輩は、やっぱり怖い顔をして、私を見つめていた。 しばらく見つめ合った、あと。 佐野先輩が、信じられない言葉を言った。 「サユリちゃんが、親に連れ戻された…」 途端に、構内の喧騒が耳から遠退き、無音の世界に包まれた。 今、なんて…? 連れ戻されたって。 「どういう、こと…?」 佐野先輩は答える事なく、ただ厳しい目を向けた。私はただ呆然と彼の顔を見つめ返した。 周りの人々は忙しく、私達の横を次々に通り過ぎていく。 まるで、違う世界の人達のように。 前へ |次へ |
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