《MUMEI》 私は愕然とした。 あの二人の、強く確かな想いが、理不尽な権力によって無理やりに引き離されて、しかもその代償が、お金だなんて…。 そんな簡単に、済ませてしまうなんて。 「汚い…」 私は小さく呟き、両手で顔を覆う。 「…汚い−−−」 もう一度、同じ言葉を繰り返した。激しい目眩がした。 これが、大人の、この社会の…世界のやり方だというなら、私達はなんて汚い世の中に身を置いているのだろう。 「ナナちゃん」 佐野先輩が優しく呼んだので、私はゆっくり顔を上げる。 彼は、真剣な眼差しで私を見つめていた。 そして、はっきりと、言ったのだ。 「あいつら、助けてやらないか?」 助ける? 「どうやって?」 「逃がしてやるんだよ…出来るだけ遠くに。誰も知らないような所へ」 私は瞬いた。 それって、つまり。 駆け落ちさせるということ? 先輩は続ける。 「このままじゃ、俺も納得いかない。あいつらは、二人で幸せになるべきなんだ」 確信を持って、そう言った。 突然の提案に私は狼狽する。 確かに、彼等を助けてあげたい気持ちはないわけではない。私だって、出来ることなら、救ってあげたいけれど。 でも…。 「駆け落ちなんて…」 15歳の私にとっては、想像しがたいほど荷が重い話だった。佐野先輩は私の戸惑いに気付いたのか、急に身を翻すとさっさと歩き出した。私は慌てて彼のあとを追う。 「どこへ行くんですか?」 少し大きい声で、私は佐野先輩の背中に問い掛けた。彼は振り返らず、「俺の家」と答える。 「宏輔を匿ってる。あいつ、親と警察に追われてるから」 そう言って、ゆっくり振り返った。私と目が合うと、彼は微笑む。 「とにかく、宏輔と話そう。それから考えよう」 佐野先輩の言葉に、私は、戸惑いながらも、自然と頷き返していた。 駅から少し歩いたところにある、佐野先輩の家。閑静な住宅街の中の、とある一軒家。 佐野先輩は私と一緒に家に入ると、まっすぐ2階へ昇った。お家のひとは留守のようで、ひっそりと静まり返っている。その静寂がとても不気味だった。 先輩は、その2階の奥の一室のドアを開き、私に入るように目配せする。 私は躊躇いながら、その部屋に入り、目を見張った。 部屋の奥の壁際に、小さくうずくまった如月先輩が、いたから。 彼は顔を俯かせ、息を殺すように身動きひとつしないで、座っていた。 前へ |次へ |
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