《MUMEI》
操り人形の気持ち
私は小さくなってしまった如月先輩を見て、前に言われた言葉を思い出していた。

−−確かに音楽は楽しい。でも、それより夢中になれるモノを見つけただけ。

夢中になれる、もの。

それはきっと、小百合さんとの生活。
裕福ではないけれど、ささやかな幸せを噛み締めるような、毎日。

音楽の道を捨ててしまった今、彼の心の寄り所は、小百合さんだけ。
その、大切な彼女すら、失いそうになっている。

私は唇をきつく噛んだ。
そして、心を、決めた。

「如月先輩」

凛とした声で、目の前の小さくなった彼を呼ぶ。如月先輩はゆっくりと顔を上げ、虚ろな瞳を私に向けた。充血した、赤い目だった。泣いていたのか、それとも、寝ていないのか。
しかし、私は怯まない。

もう、迷いは無かった。

私は固い表情で、囁くように言った。


「小百合さんの家、教えて下さい」


如月先輩は目を見開いた。佐野先輩も振り向き、驚いている。
私は彼等に、優しく微笑んだ。

「大丈夫。私が何とかします。心配しないで…考えが、あるんです」





私は地元の駅を降りると、一目散に自宅に戻った。
玄関を入ると、珍しく母が居間から出て来て、私に声をかける。

「レッスンはどうしたの?」

いつもならまだ家に帰らない時間だから、不審に思ったのだろう。刺のある声で尋ねてくる。しかし、私は母を無視して自分の部屋に駆け込んだ。こんな所で無駄な時間を費やしている場合ではない。

部屋に入るなり、私は制服を乱暴に脱ぎ捨てて、クローゼットから適当に私服を引っ張りだし、着替えた。それから大きなトートバッグにもう一人分の着替えを用意する。ふと顔を上げた時、机の上にアミアイレのボトルが出しっ放しになっていることに気付いた。

淡いブルーの、その色を見つめ、小百合さんの笑顔を思い出す。

−−私、香水なんてつけたことない…。

一瞬考え込み、私はボトルを手に取って、バッグの中に押し込んだ。

バタバタと準備していると、母が部屋までやって来た。

「なんなの?一体、どうしたのよ?」

しかし、私は答えない。すると母は私の腕を掴み、苛立ったように「菜々子!!」と言った。

「何考えてるのよ!?レッスンは?何で帰ってきたの!?だいたい、この荷物は何!?」

私は母の腕を振り払い、「邪魔しないでよ!!」と叫ぶと、チェストの上に置いたままだった、つばの広い帽子を引ったくると、部屋から駆け出した。

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