《MUMEI》 緊急事態発生完練は粘った。 「部長。明日じゃダメですか?」 『ダメだ。緊急事態発生だ』 「緊急事態?」 『市役所の個人情報が盗まれていた』 「ほう」 『今からすぐ旅館を出てタクシーで飛ばせば、1時間で市役所に着くだろう』 「1時間後に出発じゃダメですか?」 『遅くなってしまうではないか』 「せめて30分」 『人を待たせたら悪いだろう』 「人?」 『妹さんが待っているんだ、あの、名前なんだっけ。明枝さんが』 「何ぬねのはひふへほそれにつけても女は明枝」 「はっ?」光の目が怖い。 「何で明枝チャンがいるんですか?」 『話はあとだ。会議室で待っている。明枝さんは、完練さんが来るまで何時間でも待つと言っている』 完練は感激して電話を切った。 「光、すぐ出発だ。着替えるんだ」 「えええ?」 光は下着姿のまま寝転がった。 「急がねば」 完練は素早く支度しているが光は気に入らない。部長の電話で乙女の危機は逃れたものの、明枝絡みでは納得がいかない。 「完練さん一人で行ってくれば」 光はうつ伏せになって枕を抱いた。完練が近づいて来る。下半身がキュンとなるほどの緊張の一瞬。 しかし完練は光のお尻をまたいで荷物をまとめている。 「急がねば」 「あり得ねえ」 光は怒り心頭。立ち上がると、完練の背中めがけてジャンピングニーパット! 「この二枚舌!」 「だあああ!」 テレビに浴びせ倒し。 「痛い!」 二人はタクシーに乗って市役所へ向かった。 「光」 「何?」 「怒ってる?」 「別に」 光はいじけた感じで窓外を見ている。 「光はスタイルいいから何着ても似合うね」 光は自分のスーツ姿を見た。 「寝る」 光は目を閉じた。完練も仕方なく目を閉じる。考えごとをするつもりが、頭の中の映像は一気に江戸時代に飛んだ。 華やか着物に身を包んだ光は、寂しい山道を足早に歩いていた。 ここは追い剥ぎが出没するという噂だ。彼女は胸騒ぎを覚えながら、山道を歩いた。 「おっ!」 男の声。山賊だ。光は足がすくんだ。 「待ちな」 どんどん出てくる。荒くれ男たちに囲まれてしまった。 「イヤ…」 「上玉じゃねえか」 「見逃してください」 怯えた表情で哀願する光。しかし後ろから一人が抱きついた。 「キャア!」 光は暴れた。 「やめてください、放して!」 そのとき、山賊の一人が高い声を出した。 「何だあれ?」 見ると、黒い巨漢がそこに立っている。どう見ても人間ではない。 「君たち」 「喋った?」 山賊たちは目を丸くする。 「その子、僕に譲ってくれない?」 「どうぞ、どうぞ、持ってってください」 笑いながらそう言うと、そそくさと退散した。 光はこわごわ魔人に近づき、お礼を言った。 「あ、あの、ありがとうございます。助かりました。何てお礼を言っていいかわかりません」 「わからないなら教えてあげる。裸になりな」 「え?」 「裸になりなさい」 冗談ではなさそうだ。 「それでは、助けてもらったことにはなりませんよ」 「なるよん。だって奴らに連れて行かれたら犯されちゃうよん。僕は裸にして愛撫するだけだから」 光は逃げるしかないと思った。 「林の中に来なさい」 魔人が林の中に入る。光も入るふりをして一気に走った。 「あ、待ーてー!」 「だれか助けて!」 「逃がすかー!」 光は初めて、山姥に追いかけられる牛かたの恐怖を体感した。 「だれか来て!」 光は必死に走る。しかし足がもつれて前のめりに倒れてしまった。 「キャア!」 ドエス魔人の舌が襲いかかる。光の手足をぐるぐる巻きにして空中に上げた。 「いやあ、放して!」 「だーめ」 「やめろドエス魔人!」 完練英雄只今参上! 「おお、また貴様かあ!」 「その子を放せ」 「なぜ僕の邪魔をするか」 魔人は光を放すと、完練に襲いかかる。しかし逆襲のボディスラムで叩きつける。 「嘘」 「さあ来い」 前へ |次へ |
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