《MUMEI》
危険な囮捜査
もったいぶる美香。明枝は、興味津々の笑みをつくり聞いた。
「どこです?」
「モデルハウスの中よ」
「モデルハウス?」
美香は煙草を吸った。
「吸う?」
「まだ19ですよ」
「吸ってるくせに」
「あたし元ヤンに見られるけどまじめですよ」
「まじめな子が上司の頭イスで殴る?」
「ハハハ。忘れてください」
美香は声をやや低くした。
「モデルハウスの2階にね。24時間風呂の体験入浴コーナーがあるの」
「へえ」
「そこが取引の場所よ。そこは女性一人しか入れない。実際、女が全裸になるのって勇気いるから、ほとんど体験希望者はいない」
「そうですかねえ?」明枝が真顔で聞いた。
「希望者がいても、一人しか部屋に入れないって言うと、たいがい断る。だってバスルームじゃなくて、広いワンルームにデーンとバスがあるの。洋画みたいな感じ」
「鍵は?」
「締めちゃダメ」
「それじゃ怖いでしょ。何か怪しそう」
美香は煙草を灰皿に押しつけた。
「受け渡しは簡単。でもやり方間違えたら怖いからね」
明枝はまだ承諾していないのに、美香は話し始めた。
「まず入浴する」
「全裸で?」
「当たり前じゃない。で、入ってきたドアを見る形でお風呂に入る。もう一方のドアに背を向ける感じね。するとそのドアから男が入ってくる」
「嘘」明枝は顔を赤くした。
「このとき、絶対に振り向いてはいけない。つまり、女性が入浴中に後ろのドア が開いたら、びっくりして振り向くはずだから。それを平然と背を向けたままなら、運び屋の証拠になる」
「合い言葉代わりですか?」
「合い言葉もあるよ」
明枝は、合い言葉を覚えようと真剣な目で聞いた。
「男が合い言葉はって聞くから、いいから早く済ませなさいって言うの」
「いいから早く済ませなさい」
「するとまた男が、合い言葉が言えないんじゃ、取引は中止だって言うから、そしたら、いちいちうるさい」
「いちいちうるさい」
明枝は言葉を繰り返した。
「いいから早く済ませなさい。いちいちうるさい」
「間違えたら囲まれちゃうよ」
「嘘、怖い。裸でしょ?」
明枝が大袈裟に怯えるしぐさをするので、美香は笑った。
「ちょっぴりスリル満点だけど、たったそれだけのことで8万円よ」
明枝はわざと考えるふりをしてから、顔を上げた。
「やってみたい」
「良かった。あたし仕事受けたのに用事できちゃったからさあ」
「でも何でそんな手のこんだことするんですかね?」
「安全のためよ。女刑事や婦警だって、全裸になるような囮はやりたがらないから」
「ふうん」
光と完練は腕組みして聞いていた。明枝が早口に語る。
「だからあたしが囮になって、ドアの向こう側に隠れていた完練さんが犯人を現行犯逮捕!」
「ダメです。明枝さんにそんな危険な仕事はさせられない」光が怖い顔で言った。
「あ、でも、若い女っていう条件だから」
明枝が慌てる。柴原部長は腕組みしながら言った。
「じゃあ、宮戸さんにやってもらうか」
「どうしてそうなるかね?」完練が真っ先に反対した。「しおりさんなら危険な目に遭ってもいいと?」
「なら完練君はどうすればいいと思う?」
「警察に言うべきです」
完練の一言に部長と明枝は慌てた。
「警察はちょっと…」
「なぜです?」
光が鋭く二人を見る。部長と明枝は顔を見合わせた。柴原部長が先に答える。
「市役所内部の犯行だとまずい」
「保守ですか?」
「革新だ」
「ふざけないでください」
「よさんか」
「全然ダメです」
部長は下を向いた。明枝はもちろん別の理由だ。
「美香先輩ってそんな悪い人じゃないんですよ」
「悪い人でしょ?」
「まあまあまあ」
光がきついので完練がなだめた。
「明枝チャン。その美香先輩に恨みは買ってない?」
「絶っ対ないですそれは」即否定した。
「もしも罠だったら、だれが囮になってもアウトだ」
明枝は唇を結んだ。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫