《MUMEI》 私は今までずっと、母の言いなりだった。 進路も、夢も、将来も…私の人生の全てが、母に管理されていた。 私の意思は、どこにもなかった。 それでも、今まで一度も、文句を言ったことはない。わがままだって言わなかった。 母は、分かっていないのだ。 私がどれだけ我慢してきたか。いい子を演じてきたのか。 何、ひとつ、分かってない。 そして私は、泣き出しそうな母を、睨み付け、呟いた。 「…クソくらえ」 私は電車から降り、改札口を出ると、如月先輩から教えて貰った住所を頼りに小百合さんの家を探した。住所によれば、如月先輩のアパートから、割と近い所にあるようだった。二人の出会いの場所である公園の位置から考えると、それは納得がいくものだった。 駅前の繁華街を抜け、住宅街に入り、彼女の番地を捜す。 一軒一軒、番地を確かめながら捜す間中、私は小百合さんのことを考えた。 待ってて。 すぐに行くから。 すぐに…。 捜し歩くうち、私はある一軒の古い造りの平屋の前で立ち止まり、その表札を見つめた。 『波多野』 番地を確認する。間違いない。 小百合さんの家だ。 ひっそりと静まり返っていて、この中にひとがいるとは思えない。 留守かもしれない。 でも。 私は深呼吸をして、それから呼び鈴を押す。 ビー、と不快な機械音が鳴り響き、玄関の引き戸が開くのを待った。 少し間を置いて、その引き戸のガラス越しに、人影が映り、私は緊張する。心臓が早鐘を打つ。 ガチャガチャと鍵を開ける音のあと、その戸がゆっくりと開かれた。 その中から現れたのは、陰気そうな女性だった。50歳前くらいだろうか。長い髪をひとつに纏め、その所々がほつれている。 その目元が、何となく小百合さんのものと似た雰囲気を持っていたので、彼女が小百合さんの母親なのだろうと思った。 彼女は不審な目を私に向けてきた。私のつま先から頭のてっぺんまで舐めるように見つめたあと、彼女は小さな声で言った。 「…あの、何か?」 明らかに警戒していた。私は爽やかに微笑む。 「こんにちは!小百合ちゃん、いらっしゃいますか?」 小百合さんの名前を出すと、さらに警戒したのか、彼女は眉をひそめた。 「どちら様ですか?」 刺のある声だった。私はニッコリ微笑む。 「たまたま近くに来たので…あ、私、小百合ちゃんと同じ中学だった瀬戸 菜々子っていいます。小百合ちゃんとは仲良くさせてもらってたんですけど」 「…セト、さん?」 聞いたことがないという顔をしたので、私は「卒業前に、引っ越したんです。久しぶりに会いたくなって」と適当に言い訳をした。 「名前を伝えてくれれば、きっと覚えてると思いますよ」 自信を持って言い放つと、彼女は訝しげに思っていたようだが、曖昧な微笑みを浮かべながら引き戸を大きく開けた。 「どうぞ…中に入って」 どうやら、私の言うことを信じたようだ。 心の内で安堵しつつ、ニッコリ笑って、「お邪魔します!」と元気よく答えた。 前へ |次へ |
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