《MUMEI》

「……は……っ、……は」

樹は過呼吸になっているアラタの背中を摩り、涙を舌で拭う。
両手はアラタを支えるので手一杯だ。


「息をして……、俺の呼吸に合わせて…………ゆっくり……」

胸元に抱き寄せながらアラタに語りかけた。


「……っ 」

アラタには届いていないようで、涙で視界さえ遮られていた。


「ごめんなさい……」

再びアラタと唇を重ねることになった謝罪だ。全ての生き物より劣る自分が高尚な存在に触れてしまうことの罪。
色素の薄い肌が強調する紅い唇に樹の親指がつたう。
小さく呼吸をしながらアラタに口付けした。
顎を押さえて口を開かせたまま息をゆっくりと吐き出す。

過呼吸の応急処置として袋の代わりに空気を送る。

片手を乾いた血液がこびり付くアラタの指に絡ませて樹は自らの判断に過ちが無いと言い聞かせた。
雪崩込むように床へ体を伏せて静かに呼吸を重ねる。


「……ふ、」

時折、口から漏れ出す息に堪らない愛しさを錯覚し、樹の指はよりアラタの弱々しい体躯を支えていた。


「もう、誰かを……貴方を、いや、貴方だけは失いたくない……俺が、貴方の盾になります。」

恋人の死、絞首痕のある斎藤アラタ、今、彼を支えられるのは自分であると樹が逆上せるには十分な要素であった。


一方でアラタに使役された脳は一方で冷静沈着に緋いシャツを脱がせ、細かく切り刻み、燃えるゴミに出す支度までしていた。

アラタには樹のシャツを着せたが、全くサイズが合わない。

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