《MUMEI》
光、断崖絶壁!
だれもいない廊下を歩くと、白いドアが見えた。光は恐る恐る開ける。
何もないフロア。しかし奥にドアがあったのでそこを開けてみた。
広い部屋の中央には24時間風呂がブクブク泡を立てていた。奥にはベッドがある。
光は冷蔵庫の上に書類を置くと、窓を見た。カーテンは閉まっているが日差しが差し込んでいる。
きょうは一般客らしく、ジーンズにTシャツのラフな格好だ。
光はジーンズとTシャツを脱ぎ、下着も取った。
すました顔で風呂に入る。緊張してきた。やはり全裸は怖い。
彼女はもう片方のドアに背を向け、合い言葉を心の中で繰り返した。緊張で頭の中が真っ白になって、セリフが飛んだら大変だ。
裸で男たちに囲まれるのは遠慮したい。
完練はもうドアの向こう側に来ているはずだ。光は唇を強く結んでドアを見た。
完練英雄はだれもいない廊下を歩き、光のいる部屋へ向かう。
しかし、いきなり黒人が現れた。
「どこへ行く?」
「日本語をどこで覚えた?」
「どこへ行くと聞いている?」
まさか用心棒がいたとは。
「邪魔するなら泣かすぞ」
完練が言うと、黒人は両拳を構えた。
「ボクシングか?」
時間がない。光が危ない。完練は突進。打ち合うと見せて鋭く右ローキック!
ボクサーはローキックに弱い。ボクシングではローキックは反則。だからローキックは有効だ。
完練は再び右ローキック!
ボクサーの顔が歪む。ローキックを嫌って右に回り込もうとするとフェイントの左ミドルキック!
さらに打ち合うと見せての右ローキック!
ボクサーの命である脚にダメージを与えれば、フットワークが乱れるし、踏み込めないから体重移動もできない。
完練は全く同じ箇所にローキックを放つ。同じ箇所を蹴り続ければ立っていられなくなる。
ボクサーがパンチで来る。しかし完練もクンフーの達人。パンチで応戦しながら右ローキック!
怯んだ。一気に攻める。右ローキック連打!
倒れた。完練は脚を取る。立ったままアキレス腱固め!
「あああ!」
タップアウト。
「本当に参ったか?」
「参った、参った!」
完練は技を解くと、部屋に急いだ。しかし、柔道着を着た黒帯の白人が、金髪をなびかせて登場した。
「行かせない」
「ふざけるな。テメーなんかと遊んでる暇はねんだ!」
光が心配だ。完練は焦った。
部屋の中で光は、緊張とお湯の熱さで顔を赤くしていた。
額の汗を軽く拭う。
カチッ。
後ろのドアが開いた。緊張の一瞬だ。人が部屋に入ってきた。
「合い言葉は?」
男の声。
「いいから早く…用事を済ませなさい」
緊張している。用事と用。どちらかわからなくなってしまった。
「合い言葉を言えないんじゃ、取引は中止ですぜ」
「いちいちうるさい」
男は冷蔵庫の上の書類を手にした。光は胸のドキドキが止まらない。完練の出番なのだが、ドアが開かない。
(何やってんの完練さん?)
そのとき。
「ちょっとたんま」
別の男の声。
「俺その子知ってるかも」
「知り合いですか?」
黒い皮ジャンの男が歩いてきて光の顔を覗き込む。
「ビンゴ!」
夜月だ。光の表情は凍りついた。歯が合わないほど全身が震えた。
「おい、大変だ。囮捜査だぞ」
「え?」
夜月のほかに男は5人もいる。光は囲まれてしまった。
彼女は膝と手で大事なところを隠したが、心臓が口から出そうだ。
(何やってんの完練さん。早く助けに来て)
夜月はしゃがむと、顔を近づけた。
「光。久しぶり」
「自首したんじゃないの?」
「俺がするわけないだろ」
「だれです?」
「私立探偵だよ小野寺」
「私立探偵?」
小野寺は光の手首を掴んだ。
「出ろ」
光は無言で小野寺の手を振り切る。小野寺はもう一度強く手首を握った。
「出ろこら!」
光は、断崖絶壁に立たされた気分だ。裸のまま出れるわけがない。
夜月が笑う。
「光の裸見れるなんて、ラッキーだ」
(助けて…)

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫