《MUMEI》
ウソばかり
家の中は暗かった。玄関から伸びる廊下に窓がないからそう感じたのか、それとも室内に漂う重い空気のせいなのか、分からない。私は彼女のあとを追ってゆっくり歩いた。時折、床がギシッと不気味な音を立てる。
廊下の突き当たりの襖の前に着くと、彼女は中に向かって、「小百合?」と呼びかけた。どうやら、ここが小百合さんの部屋のようだ。しかし、肝心の小百合さんから返事はない。
彼女は続けて言う。

「開けるわね?」

一言断り、襖をゆっくり開いた。そして、彼女は私の顔を見て会釈する。中に入れと言いたいのだろう。
私は会釈を返し、部屋の中に滑り込んだ。

6畳の狭い部屋の中、こちらに背を向け体育座りをしている少女の姿が目に飛び込んでくる。

ふわふわのカールした長い髪。クリーム色のサマーニットワンピースから覗く、細い手足。透明感のある白い肌。

抱え込んだ両膝に顔をうずめているので見えないが、それは間違いなく小百合さんだった。

小百合さんのお母さんは部屋に入らず、襖の脇から声をかける。

「お友達が見えたわよ」

その言葉を合図にしたように、小百合さんはゆっくり顔を上げた。

虚ろな瞳だった。
まるで、全てに絶望したような。

最初、目深に被った帽子のせいで、誰が訪れたのか分からなかったらしい。
しかし、すぐに私であることに気づくと、その瞳に光が宿った。

小百合さんは大きな目を、さらに大きくして、私をじっと見つめていた。

「ナナちゃん…」

私のことを呼び、それから「どうして…?」と譫言のように呟いた。

そんな彼女に私は優しく微笑み返し、人差し指を自分の唇の前に当てて、チラッと背後の小百合さんのお母さんの方へ、目配せする。

私の仕種に何かを察したのか、小百合さんは表情を引き締めて黙り込んだ。私は唇から指を離すと、ニッコリ笑い、「久しぶり!」と明るく言った。

「近くまで来たから、寄ってみようと思って。驚いた?」

小百合さんは一瞬眉をひそめたが、しかし、慌てて首を激しく左右に振る。

私達が本当に知り合いだと分かって安心したのだろう。小百合さんのお母さんは、「ごゆっくり…」と呟くと音を立てず襖を閉じた。


私は襖が閉まり切ったのを確認してから、すぐに襖に近寄り、耳を当てた。
だんだんと遠ざかる足音が聞こえる…。
完全に足音が消えてから、私は襖を少しだけ、音を立てないようにゆっくり開き、隙間から部屋の外を確認する。誰もいない。私は襖を静かに閉めた。

それから、小百合さんの方へ振り返る。彼女は不思議そうに私を見つめていた。私は笑い、彼女に近寄る。

「ゴメン、ビックリしたよね?」

小百合さんは素直に頷いた。

「ナナちゃん、どうしてウチに…?」

彼女の質問に、私は肩にかけていたトートバッグを開き、中から洋服とスニーカーを取り出した。

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