《MUMEI》

それを見て、小百合さんは怪訝そうな表情を浮かべた。私は彼女の顔を見て、説明する。

「背格好が私と同じくらいだと思うから、持ってきたの。早くこれに着替えて。今着てるワンピースは、私に貸して」

小百合さんはまだ訳が分からないという顔をし、ひそやかに尋ね返した。

「…どうするつもり?」

私は、彼女の顔を正面から見据えて、はっきりと、言った。

「逃げるの」

「逃げる…?」

繰り返す小百合さんに、私は頷いた。

「ここから…この街から、逃げるのよ。如月先輩と一緒にね」

小百合さんはハッとした。私は続ける。

「今、佐野先輩が如月先輩を連れ出してる。駅の近くで落ち合う約束をしてるから。もう時間がない。急いで」

そう言って、私は衣類を彼女に差し出した。しかし、小百合さんはそれを受け取るのを躊躇する。彼女は小さな声で言った。

「出来ないよ、そんなこと…」

「どうして?」

私はすかさず切り返した。グズグズと躊躇っている時間はない。とにかく早くしなければ。いつ警察や彼等の親に気づかれるか分からないのだ。

小百合さんは俯いて、「だって…」と、か細い声で答える。

「これ以上、コウちゃんを…みんなを巻き込めないよ…」

私は眉をひそめる。小百合さんは続けた。

「ただでさえ、コウちゃんは私のせいで学校辞めちゃったし…凄い才能、あったのに」

私は胸が痛んだ。それは、私が彼女に言った言葉だったから。言わなくても小百合さんだって、そんなことは分かっていただろうに、あえて口にしてしまった私は、なんて酷いやつなんだろう。
私は首を横に振った。

「違うの、それは私が小百合さんに嫉妬して言ったことで」

そこまで言いかけたのを、彼女は遮った。

「ホントのことだもの。私も、ずっとそう思ってた。コウちゃんの人生をめちゃくちゃにしたくせに、私は…私だけ幸せで良いわけないって」

それを聞いて、私は声を荒げた。

「お腹の子はどうなるの!?このままここにいたら、堕ろさなきゃならなくなるよ!!それでも良いの!?」

すると、今度は小百合さんが弾かれたように顔を上げて、私をキッと睨み据え、「ナナちゃんには分からないよ!!」と大きな声で言った。その、激しい声に、険しい剣幕に、私は黙り込む。
小百合さんは強い口調のまま続ける。

「怖いんだよ…自分の身体が、自分のものじゃなくなっていくの。今まではコウちゃんが傍にいてくれたから平気だった。でも、コウちゃんと離れて、独りになった途端、不安で不安でしかたないの」

小百合さんはまた俯き、両手で顔を覆った。

「初めから、間違ってた。コウちゃんと一緒に暮らしたことも…子供が出来ちゃったことも。全部、全部、間違いだったの…」

くぐもった声でそこまで言うと、小百合さんは黙り込んだ。

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