《MUMEI》
君の名前その2
たまには違う時間に家を出るのも良いものだ。
龍之介はそんな事を思いながら、大学までの道のりをノンビリと闊歩(かっぽ)していた。
いつも通る、同じルート。だけど、通る人々がちょっと違う。
中学生だろうか、遅れそうなのか
小走りで駆けて行く子達が目に付いた。
自分の後ろから猛スピードで追い抜いていく、
自転車に乗った、こちらは女子高生だろうか。
いつもとちょっと違った光景に、龍之介は自然と笑顔になる。
と、彼が送った視線の先に、真新しい景色が飛び込んでくる。
正確には、昨日見た人だ。
「あ…」
龍之介は思わず声を漏らし、その人──昨日ぶつかってしまった
女の子に視線を止める。
その視線に気付いたのか、向こうもまた龍之介を見やり、
小さく声を漏らしたようだ。
その後、女の子は小走りに龍之介へと近寄ってくる。
「え、え…!?」
龍之介は訳が解らないままその場で立ち止まり、
女の子が目の前に来るまで口を半開きにしたまま棒立ちになる。
「あ、あの」
女の子は龍之介の前まで来ると、そう声を掛けて様子を伺うが、
次の瞬間、何を思ったのか女の子は急に頭を下げて謝ってきた。
「昨日は済みませんでした」
「え?」
ぶつかったのは確かにお互い様だが、こっちは明らかに余所見をしていた。
謝られる理由など何も無いのではないか。
龍之介はそう思い、少したどたどしい口調ながらも返事を返す。
「え、えっと…昨日ぶつかった事なら僕の方が…」
「いえ、私も余所見していたから。それと、これ…」
女の子はそういって何かのカードケースを龍之介に差し出す。
それは龍之介の定期入れだった。
「あ、あれ? どうしてそれを…」
「昨日、その…貴方とぶつかった時に、落とされたのかと…」
「あ…」
龍之介は小さく声を漏らし、定期入れを受け取り、
ポリポリと後頭部を掻きながら照れくさそうに礼を述べる。
「あ、ありがと。気付かないまま電車に乗る所だった」
「ぷっ、あは…あはは」
女の子は口元に手を添えて控えめに笑う。
それから、龍之介の視線を感じてペコリと小さく会釈をした。
「ご、ごめんなさい。笑っちゃって」
「あ、いや。可笑しな話だし、笑って当然だよ」
龍之介も苦笑を浮かべてそう返す。
何故か、今日は緊張せずに話が出来る。
そんな事を思いながら、龍之介は少し勇気を出した。
「あの、良かったら名前、教えてもらえる? 僕、霧桐。霧桐龍之介って言うんだ」
「あ、私は…汐那です。宮流汐那(くりゅうしおな)」
女の子改め、汐那は龍之介にそう返して小さく笑った。
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