《MUMEI》
変われる瞬間(とき)その1
「んん〜♪」
何時に無く上機嫌で龍之介はその日、大学からの帰路についていた。
帰路と言っても、これからアルバイトなのだが、今の彼にとっては
そんなもの些細な出来事に過ぎないだろう。
互いの名前を教え合い、龍之介は自分でも驚くほどの積極性を見せた。
そこまでは良かった。生まれて初のデートの申し入れを、
快く受けてくれた彼女には土下座してもし足りない。
それほどまでに彼は舞い上がっていた。
ただ、もっとも肝心な事を彼は忘れていた。
デートに誘ったのだから、勿論打ち合わせがあったはず、なのだが…。
「あ…あぁっ!」
そこで龍之介はやっと気付いた。
アルバイト先の入口で立ち止まり、龍之介は頭を抱える。
「電話番号も聞いてないし、どこで待ち合わせなのかも言ってないじゃないか」
自ら育んだ小さな芽を、見事なアホさ加減で摘み取った瞬間と言わざるを得ない。
「ぼ、僕はバカか!?」
アルバイト先の入口で立ち止まったまま、彼は悶絶するように悩み抜く。
その光景を見ている人物に、龍之介は気付く良しも無い。
「霧桐君、君なにやってんの…」
「へぁ!?」
唐突に掛けられた声に、龍之介は体を跳ね上げて正面を見る。
そこにはアルバイト先の店長が、怪訝(けげん)な表情で自分を見ていた。
「うぁ、えっと…」
咄嗟に龍之介は適当な嘘をつく。
「じ、人生について、大いに後悔してました」
「はぁ? 訳の解らないこと言ってないで、さっさと着替えてよ! 人手が今少ないんだから!!」
当たらずとも遠からず、事情を知っていれば「ああ、なるほどね」と
頷けはしたが、店長にとってはそんなもの知るはずも無い。
見事な叱責を受けて店長は奥へと引っ込み、
続いて項垂れた龍之介が後に続いて店内へと消えて行った。
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