《MUMEI》

男子二人が着替えている間、私は小百合さんの目の前に移動し、しゃがみ込んだ。
不安そうな顔をする小百合さんに、私は優しく微笑みかける。

「小百合さんに、渡したいものがあるの」

小百合さんは首を傾げた。私は、肩にかけていたトートバッグの中から、小さな瓶を取り出した。

淡いブルーの、小さな飛行機の『窓』。

外の世界に、力強く羽ばたいていく、その『勇気』という名の翼を与えてくれるような 開放的な香り。

アミアイレだった。

「これ、小百合さんに…なんか、イメージとピッタリな気がするの…」

進学祝いに、歩さんが私にくれたものだけど、これは彼女に似合う気がした。


自分らしく、強く生き抜こうとする、小百合さんに。


小百合さんは困った顔をして、首を振る。

「ダメだよ、そんな高いモノ…」

彼女は必死な様子で遠慮する。
しかし、私も引かない。

「貰ってよ。仲直り、ね」

私の言葉に、小百合さんはキョトンとした。その顔に向けて、私は爽やかに笑う。

「友達なんだから、エンリョしない!」

言い終わるのと、同時に。
小百合さんが私の首に腕を回し、抱き着いてきた。そして肩を震わせ、泣き出す。

私は小さな子供をあやすように、「ヨシヨシ」と彼女の肩を撫でる。

やっぱり、同い年とは思えないなぁ…。

私は「小百合さん…」と呼びかける。

「お母さんになるんだから、そんなに泣き虫じゃいけまセン」

忠告すると、彼女は「だって〜」と甘えた声を上げながらまた泣く。
やれやれ…とため息をついた時、着替えを済ませた佐野先輩が後ろから呼びかけた。

「準備、出来たよ」

佐野先輩の言葉に、私は頷き、小百合さんの身体を引き離した。小百合さんは今度は如月先輩の身体に縋り付き、また顔をうずめる。

私はバッグに香水の瓶を入れ、そのバッグごと、如月先輩に手渡し、佐野先輩の傍らへ移動する。

佐野先輩は大通りの方をチラッと見遣る。私もそれを追うように、明るい通りを眺めた。

もう少しで、あの二人組の警察がこの近くにやって来る。

その時が、チャンスだ。

私は、後ろにいる、如月先輩と小百合さんを振り返った。

小百合さんは、如月先輩の腕にしがみついて、ボロボロと涙をこぼしていた。
私は、優しく微笑む。



ねぇ、小百合さん。

私、小百合さんが、羨ましかった。
いつもニコニコして、美人だし、性格も可愛くて。

同い年なのに、同じ女の子なのに。

どうして、こんなに違うんだろうって、思ってたの…。

正直、嫉妬してた。

ずるいって。

如月先輩の愛を、独り占めしてるから。
それが、許せなくて、小百合さんに意地悪言ったり、傷つけてしまったよね。本当にごめんなさい。


あなたの真っすぐな心が、いつまでも、いつまでも変わりませんように。

この先、何があっても、

二人で協力して、立ち向かって、乗り越えていけますように。


そう、お祈りするよ。


だから、お願い。

私に、二人の夢を見させて。

暖かくて、幸せで、楽しくて、覚めることのない、夢を−−−。

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