《MUMEI》

突然、佐野先輩が如月先輩の方に向かって、「コウスケ!」と呼び、封筒を投げ付ける。
突然のパスに動揺しながらも、如月先輩はその封筒をキャッチして、「なに、これ…?」と怪訝な顔をした。

佐野先輩は、ニッコリ笑って、「特急の切符とご祝儀」と、サラリと答えた。如月先輩は、何気なく封筒の中身を見て、驚く。

「ご祝儀って…お前、これって免許取るためのバイト代じゃ…!?」

佐野先輩は笑いながら、私の腕をしっかり握り、最後に、言った。

「落ち着いたら、それで子供に服でも買ってやってよ」

如月先輩が、「おいっ…!」と呼び止めるのも聞かず。

佐野先輩と私は、後ろの二人に微笑み、「それじゃ、バイバイ」と、呟いた。

次の瞬間。

佐野先輩と私は大通りに向かって駆け出した。
勢いよく流れゆく視界の中に、厳めしい顔をした警察官が、驚いた表情を浮かべて、私達を見つめる。

タイミングは、バッチリだった。

「待てっ!その二人、待て−−−!!」

人混みを駆け抜ける私達に、警察官は勘違いをしたようだ。慌てて私達を追って来る。全て私達の思惑通り。夜の中、このクリーム色のワンピースは目立つ。


私を、見失わないように、追いかけて来て。
あの二人が、駅にたどり着いて、電車に乗り込むまでは。

どうか、気づかないで。


私達は手を繋いだまま、駅とは反対方向へ走っていく。警察官達も、まだ追いかけてくる。この分だと、成功しそうだ。

走りながら、私はビルの隙間から見える夜空を見上げた。真っ黒な空を飾るように輝く、街のネオンが眩しくて、それがとても切なく見えた−−−。



走って、走って、走って−−−−。
汗にまみれながら、夏の湿った夜の空気の中を駆け抜けた。

警察官をなんとか撒いたものの、私と佐野先輩の体力は、もう、限界だった。

二人とも、足が縺れて身体が折り重なるようにして転んでしまう。私は軽い悲鳴を上げた。
佐野先輩が下敷きになったので、アスファルトへ身体を打ち付けずに済んだ。

「痛って…」

息も切れ切れに、先輩は呻いた。私はその呻き声に、顔を上げる。そこで初めて、自分が先輩に覆いかぶさるような体勢になっていることに、気がついた。
カッと頬の熱が上がる。

「ごめんなさいっ!!」

混乱しながら慌てて身体を離すと、佐野先輩も半身をゆっくり起こした。そして、私の顔を見つめて、ニヤつく。

「ナナちゃんてば、大胆〜」

明らかな冗談なのは分かっていたが、私は顔を赤くしてしまう。私の表情を見て、先輩はゲラゲラ笑い、それから「あれっ!?」と声を上げた。

「夢中で走ってたから、気づかなかった」

ぽつり、呟く。
私は眉をひそめて、先輩を見ると、彼は微笑んだ。

「学校まで、来ちゃったんだね…」

学校…?

私は顔を上げて、目を見張った。

目の前には、見慣れた校舎がそびえ立っていた。夜ということもあり、校舎内の電気は消されていて、真っ暗になっていた。

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