《MUMEI》
私の夢
私達が通う高校の、裏門の前にいたのだった。
先輩は明るく笑い、「俺達、学校スキなのかな〜?」とおかしそうに言った。

そうして、急に、その裏門の鉄柵をよじ登り始めたのだ。
私は、彼のスタミナにたまげ、慌てて彼のシャツを引っ張った。

「イキナリ、何してんですか!?」

小声で尋ねると、佐野先輩は柵に腰掛けると、悪びれず答えた。

「中の方が、安全だろ?まだ、ケーサツのひとが、うろついてると思うし」

そして、私に手を差し延べ、微笑んだ。

「ナナちゃんも、おいで」

私は一度、瞬きする。確かに、先輩の言うことは一理ある。いつ、また警察官が私達を捜しに、このあたりにやって来るか、分からないのだ。

「ナ〜ナちゃ〜ん!はーやーくー!!」

佐野先輩が呑気な口調で、私を急かす。


ああ。
どうしてこのひとは、こんなに緊張感がないのかしら…。

黙っていれば、結構カッコイイのに…。

…。

ん?

カッコイイ?


私は先輩の顔を見上げた。彼の端正だが、軟派な雰囲気の顔を見つめて、考える。

…カッコイイ、わけ、ないか。

ため息をつきながら、私は先輩の手を、しっかり握った。




校庭の片隅にある、大きな鉄棒。小学校や中学校のものとは大きさが桁違いだ。
その鉄棒に佐野先輩は近寄って、鉄棒を握りしめ、ぶら下がる。私はすぐ脇で、その彼の姿を見つめていた。
先輩は、腕に力を込め懸垂をして、「よっ!」と腹筋の辺りに棒を当てるように腕をビシッと伸ばした。

いきなり、鉄棒…?
…つーか、さっきまで全力疾走したっていうのに、まだ体力残ってるの…?

あまりに自由過ぎる精神に、私はつい呆れる。すると、彼は急に、「あいつら…」と真面目な声で言いはじめた。

「無事に、電車乗れたかな?」

私は鉄棒の上の彼を見上げて、自信をもって頷いた。

「大丈夫。きっと、あの二人なら」

だって、彼等は、私の『夢』だから。

心が冷め切った私に、本当の『想い』の強さを教えてくれた。

もしも、この先二人が別れてしまったとしても。

あの二人と、一緒に過ごした時間は、掛け替えのないもので。

私の心で、ずっと、輝き続けるだろう。


それは、きっと、『夢』になる。

私の、佐野先輩のこの熱い想いをのせて。

永遠に、覚めることのない、美しい『夢』に−−−。


佐野先輩は遠くを眺めながら、「ナナちゃんてさ〜」とおもむろに呟いた。

「コウスケのこと、好きだったんでしょ?」

私はまた瞬き、
そして、眉をひそめた。

「なんで?」

先輩は「ん〜?」と曖昧に唸ってから、笑う。

「そりゃ、見てれば、何となく分かるよ」

バレてたか…。
少し、恥ずかしくなったが、すかさず私は勝ち誇ったように、「ふふん!」と鼻を鳴らし、言った。

「先輩こそ、小百合さんのこと好きだったでしょう?」

言ってやったのだが。
先輩はまた笑った。

「んなわけないでしょ!?」

大笑いして否定する。馬鹿にしたような笑い方だった。
途端、馬鹿にされて悔しいという思いと、何故か安堵する気持ちが私の胸の中に渦巻いた。

…なに、これは?

何故こんな複雑な気持ちになるのだろう。
不思議で仕方ない。

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