《MUMEI》

今日は始業式。
だから、授業はナシ。午前中で生徒は帰れる。

帰り支度を整えた結菜が、私のところにやって来た。

「瀬戸さん、今日もレッスンやるの?」

私は一瞬考えて、首を横に振る。

「今日はこのまま帰ろうかな」

もう、母の操り人形は辞めた。
これからは、私が好きなとき、好きなように練習をするのだ。

私の返事に結菜は目を輝かせて、提案した。

「じゃ、帰りに、ケーキ食べて帰らない?ここの近くに、おいしいお店があるんだって」

私は瞬いた。

きっと、小百合さんと一緒に行ったお店だろう。私は微笑む。

「知ってる。レアチーズケーキ、すっごいおいしいんだよ」

「瀬戸さん行ったことあるんだね」

そう言った結菜の顔を正面から見つめ、胸を張って答える。

「大切な友達と、ね」




結菜と昇降口へ向かって廊下を歩いていると、見慣れたひとがいた。

制服をルーズに着こなし、髪は明るく染めている男子生徒。履いている上履きのカラーはグリーン。3年生の学年色。

彼は、私の姿に気づくと、柔らかく笑い片手を上げた。

「ナナ、迎えに来たよ!」

佐野先輩だった。
相変わらずの呑気な声に、私は笑う。
いつの間にか、「ナナちゃん」から「ナナ」と呼び捨てになったのも、少し嬉しい。

「迎えって、一緒に帰る約束してないよ?」

そう答えると、佐野先輩は「つれないな〜」と笑う。私の横で結菜がニヤニヤしながら、私の腕を意味ありげにつっついてきた。

「始業式から、お熱いね〜」

からかう結菜にわざと怒って見せてから、私は佐野先輩を振り返った。

「今日は寄り道して帰るから」

すると先輩は「あ、そう」とあっさり答えて、少し真剣な顔になった。

「お母さんとは、上手くいってんの?」

その問い掛けに私は微笑み、「何とかね」と返事した。

『クソくらえ』発言の後、母とはぎくしゃくしていたが、最近はあまり、私のことに口出ししてこなくなった。
きっと気づいたのだろう。
私に、自分の夢を重ね過ぎていたことに。

私の返事に先輩は「良かった」と嬉しそうに笑う。そんな先輩の屈託ない笑顔を半眼で睨む。

「先輩こそ、平気なの?受験生のくせに遊び歩いて」

「余裕です。俺、頭いいから」

先輩は私の小言を笑い飛ばした。何か釈然としないが、私は先輩に「バイバイ!」と挨拶して、結菜と一緒に歩き出す。その背中に佐野先輩は「ナナ!」と呼びかけてきたので、私は歩くのを止め、振り返った。

「夜、電話するよ」

先輩は、爽やかな笑顔を浮かべて、言う。私も笑顔を返してから、結菜と一緒に駆け出した。



如月先輩。
そして、小百合さん。

あれから、結構経ったけど、

私は、元気です。

新しい生活は、どうですか?
今、幸せですか?


自分らしく、生きてますか?




−FIN−

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