《MUMEI》 夢のクリニック「いらっしゃいませ!」 姫野れおん。21歳。彼女はコンビニで毎日働いていた。 「ストローとスプーンはお付けしますか?」 「スプーンだけで」 「恐れ入ります。ありがとうございます。またのご来店をお待ちしています!」 接客の仕事は嫌いではなかった。高校を卒業して、なかなか就職が決まらず、とりあえず始めたコンビニでのアルバイト。 しかし店長は親切だし、先輩も優しいし、気づいてみたら3年の月日が流れていた。 21歳といえば、これから人生が始まる年齢だ。れおんは真剣に進路を考えた。 接客はやりがいのある仕事だが、彼女は冒険心が人一倍旺盛で、燃える「何か」を欲していた。 自分の生涯を懸けても悔いがないほどの、熱くなれるものを探し求めていた。 「お先に失礼します!」 「お疲れ様」 れおんは店を出た。アパートは近い。彼女は一人暮らしだ。 自転車で颯爽と走っていく。 長い黒髪がよく似合う。オレンジの半袖シャツにジーンズ。服装はさほど派手ではないが絵になる。 店でも「美人でかわいい」とよく言われ、本人も悪い気はしなかった。 店長の話だと、美人系とかわいい系に分かれるそうだが、両方は反則だと言われた。 でも実際は、だれもが認める美形というわけではない。 れおんは、分け隔てなくキュートなスマイルを惜しみなく向ける。 つくり笑顔ではない、心の底からの笑い声に、皆は魅了されてしまう。 つまり顔立ちよりも表情の豊かさが人気の秘密で、人相の良さが実際以上に美人に見せていた。 内面の優しさは間違いなく外見にも表れる。美形でもお高く止まった気取り屋は相手にされない。 れおんは信号待ちをしているとき、ふと掲示板に目が行った。 「お金のクリニック?」 彼女は文章を目で追った。 『あんさんの慢性金欠病を治しまひょ。 家賃が払えん。税金が払えん。借金で困ってる。起業するのに軍資金が欲しい。 そんなあなたの悩みを解決し、願いを叶える夢のクリニックを開設しました』 れおんは頷いた。 「ふうん」 お金を借りる気はない。れおんは行きかけたが、次の言葉で足を止めた。 「ナース急募?」 れおんは自転車から降りて、この求人広告を読んだ。 『容姿端麗、モデル顔負けのスタイル…というのは冗談でえ』 「何これ?」 れおんは笑うと、自分の体を見た。モデルやグラビアアイドルにも負けない自信はあるが、とりあえず冗談だと知り、安心して続きを読んだ。 『年齢、経験、学歴、性格、一切不問』 「性格悪くていいの?」 持ち前の好奇心が刺激され、れおんは益々興味を持った。 『月収25万円可。履歴書不要。委細面談。即断即決。ユニフォーム貸与。ボーナスあるかも』 「アハハ。あるかも?」 少しふざけ過ぎな気もするが、月25万円は嬉しい。 また、履歴書を書くのは結構面倒くさいから、履歴書不要はありがたい。 「即断即決?」 これが心配だ。この就職難。いいところは決まるのが早い。 れおんは、これほどユニークな求人広告は見たことがないので、電話だけでもしてみようと思った。 彼女は携帯電話を取り出す。一瞬考えた。変な詐欺まがいの会社だと怖い。 世の中にうまい話は一つも転がっていないと、よく祖父から聞かされていた。 「電話して怪しい感じの人だったら断ろう」 そう決めて、れおんは深呼吸。緊張感を振り払い、電話をかけた。 『はい夢のクリニックです』 男の声。 「あの、求人広告を見たんですけど、まだ募集してますでしょうか?」 『大丈夫ですよ。お名前は?』 「あっちょっと待ってください」 『待ちません』 「一つ質問をしてもいいですか?」 『なんなりと』 「ナース急募って書いてありますけど、お仕事の内容は?」 『まあ、アシスタントです。仕事は懇切丁寧に教えます。あなたの声と喋り方なら、もう採用決定したいくらいですよ』 「嘘?」 誉められた。嬉しい! 次へ |
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