《MUMEI》 面接れおんは若い。男の話術に引き込まれていく。 『声は重要ですよ。電話も出てもらいますからね。ワイみたいなダミ声だと、どこの闇金か思われてしまうよ』 「アハハ。そんなことないですよ、渋い声好きですよ」 『お嬢の声はええよ。この声は捨てかだい』 れおんは照れた。ルックスを誉められるのはもちろん嬉しいが、改めて声をここまで誉められたことはない。盲点を突かれたような不思議な嬉しさだ。 『で、お名前は?』 「姫野れおんです」 『レディに年齢聞くのは失礼だが若いからええやろ?』 「21です」 『体重は?』 「はっ?」れおんは一瞬疑った。 『何かリアクションが欲しかったな』 「あっ…」 れおんは、しまったと笑顔がこぼれた。 「今度頑張ります」 『で、面接はいつ来られまっか?』 就職活動は一瞬の呼吸が大事だ。 「今からはもう遅いですか?」 『やる気満々やないか。さては肉まん食ってるな?』 「食って…あ、食べてません」笑いをこらえた。 『では待ってます』 れおんは場所を確認した。駅の近くだ。 彼女は電話を切ると、自転車を飛ばした。初夏とはいえ夕方は少し寒い。 自転車だと風を切るからなおさらだ。 走行する車のスモールランプを見て、れおんも自転車のライトをつけた。 まさに電光石火で即面接まで漕ぎ着けてしまったが、少し無謀だったろうか。 しかし冒険に不安はつきものだ。れおんは希望のほうを確信した。 もしも決定したらコンビニを円満に辞めなければいけない。良くしてもらっているので胸は痛い。しかしたった一度の人生だ。人のための人生ではない。 自己中心という意味ではもちろんない。れおんは、そう自分に言い聞かせた。 いろいろ考えている間に目的地に着いた。 下に自転車を置き、ビルの中に入った。エレベーターで3階へ。 いちばん端の部屋。あった。中が見えるガラスのドアに、『夢のクリニック』と書かれてある。 ここまで来るとさすがに緊張した。本当に大丈夫だろうか。でも待たせてはいけない。れおんは気合いを入れてドアを開けた。 「失礼します!」 玄関にはスリッパがたくさんあり、いきなり待合室のような部屋があった。 カウンターもあり、そのまま小さな医院のようだ。 (お金のクリニックだよね?) 「どうぞ中にお入りください」 このダミ声…いや、渋い声は電話の主だ。 「はい」 れおんはスリッパに履き替えて、中に入った。 「失礼します!」 中もやはり診察室だ。診察台があるし、年齢不詳の男性が一人。何と白衣を着ている。ドクターのつもりらしい。 「何やエライべっぴんさんやないか」 髪は薄いのかスポーツ刈りなのかは判別が難しい。 見た目40歳前後に見えるが、よくわからない。 「どうぞおすわりください」 「はい、失礼します」 イントネーションからして東京の人ではなさそうだ。眼鏡をかけていて、愛嬌のある笑顔。 「ルックスは文句なし、スタイルはええ、声は抜群、礼儀正しい。完璧やないけ?」 「ちょっと待ってください」 れおんは笑いながら言った。 「お仕事の内容を詳しく知りたいと思います」 「そうやな。わいはこのクリニックの最高責任者や。いわゆる」 「院長?」 「さよう、なら」 「さようならですね。では」 れおんは立つ真似をした。 「やるやないか」院長は喜んだ。 「すいません調子に乗って」 「ええよ。その笑顔がたまらん。前職は何をやってた?」 「あ、まだ、コンビニでバイトしてるんです」 真顔もかわいい。院長は燃えた。 「姫野れおん。勇ましい名前やなあ?」 「勇ましいとか言わないでください」れおんはふくれた。 「わいの名前は白茶熊賢吾や」 「しろちゃぐま、けんご…先生」 「さようなら」 れおんはギャグには付き合わず、質問した。 「で、お仕事の内容なんですけど」 「知りたいか?」 「はい」 当たり前ではないか。 前へ |次へ |
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