《MUMEI》
変われる瞬間(とき)その3
「はぁ、最後にボードを片して終りかな」
龍之介は額に薄っすらと滲んだ汗を拭い、一人呟いて作業をする。
「あぁ、終わっちゃったかな…」
「ん…?」
ボードを片そうとした時、不意に後ろからそんな言葉が聞こえて、
龍之介は何気なく振り返る。
「あ…」
「あ…」
そして、声の主と龍之介は同時に声を漏らして硬直する。
龍之介の前に居たのは、今朝会ったばかりの宮流汐那だった。
「あ、あの…お店って、もう終り…ですよね?」
汐那は少し躊躇いがちにそう尋ねるが、
龍之介的にはそれ所ではない。
「(神は、僕を見放さなかった!!)」
グッとガッツポーズをして龍之介は天を仰ぐ。
「あ、あの…霧桐さん…? ですよね?」
「え? あ、はい? あ、えっと…はい! 僕が霧桐ですが!」
もう言っている事は支離滅裂で、傍から見れば
ただの馬鹿と言われても仕方が無い。
「あ、あの…」
汐那はその仕草が可笑しかったのか、笑いを堪えながら再度質問する。
「えっと、お店はもう閉店ですよね?」
その言葉に、龍之介は自らが通うアルバイト先の喫茶店を見やり、ポリポリと頭を掻く。
「ま、まぁ…定休日前は毎回、一時間早く閉店になるんだ」
「そうですか。それじゃ、仕方ないですね」
汐那は「残念」と言った表情でそれだけ呟き、
龍之介に一つ会釈をして「ありがとうございました」と礼を述べる。
しかし、今日の龍之介は今までとは一味違う。
「あ、ちょっと待って!」
「え、はい?」
龍之介は汐那を手招きし、半ば強制的に店内へと入れる。
「あ、あの、もうお店終わりじゃ…」
「うん、終わり。これはサービスです、お客様」
龍之介はそう言って少し照れくさそうに笑った。
汐那は少し申し訳なさそうにしているが、
周囲をキョロキョロと見ながら、満更でもなさそうな表情を浮かべていた。
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