《MUMEI》
仕事の内容
白茶熊賢吾は、いきなり目を閉じて俯くと、不気味に笑い出した。
「ふふふ。歩歩歩」
れおんは額に汗。
「仕事の内容を知らずにこの診察室に一歩足を踏み入れてしまったことが、お嬢の命運の尽きたるところ」
冗談だろうか。れおんは本気で心配になってきた。
「このクリニックの仕事は」
賢吾の顔が怖い。
「仕事は?」
「闇金やあ!」
れおんはバッグを掴んだ。
「すいません。ちょっと、自分の思ってた仕事と違いますので、失礼します」
れおんは立ち上がると、診察室のドアを開けた。開かない。
「あれ?」
押しても引いても開かない。れおんは振り向き、賢吾に言った。
「院長、ドア開かないんですけど」
「そのドア歪んでんのや」
しかしれおんは真剣な顔で言った。
「開けてください。でないと監禁罪になりますよ」
「何を大袈裟な」賢吾は立ち上がった。「監禁言うたら、手足拘束してアイマスクせなあかんよ」
「セクハラですよ」れおんは口を尖らせた。
賢吾はノブを掴むと、れおんを見た。
「お嬢。開けるけど逃げないか?」
「逃げません」
「話は最後まで聞くと約束するか?」
「約束しますから、早く開けてください」
もうここに就職する気は失せたので、れおんは強気に出ている。
「このドア調子悪いんや。上げると開くんよ」
「修理してください」
れおんはムッとした顔でイスにすわった。
「お嬢」
「はい」
「闇金言うても悪い闇金やない」
「どういう意味ですか?」
「お金に困っている人を支援する夢のクリニックや」
れおんは半信半疑だ。
「なぜ診察台が必要なんですか?」
「雰囲気や」
「雰囲気?」
首をかしげる。れおんはあからさまに嫌な態度になってきた。
「お嬢。お金に困っているといってもいろいろあんのや」
「はい」
「たとえば借金地獄で首が回らん人には優秀な弁護士を紹介する。車が欲しいゆう人には力は貸さん。贅沢は後回しや」
れおんは少し興味を持った。
「わいが力貸すんは、一生懸命頑張ってるのにどうにもならん人や」
賢吾院長が段々と真剣になってくる。
「政治家や役所が庶民を守ってくれるなら、わいの出番なんかない。せやけどな。日本には本当に困ってる人がぎょうさんおるねん。百回千回死ぬ思いしてきた人がおるんや。そういう人のためならば何でもしてあげたい」
「で、何で闇金なんですか?」
賢吾は前のめりにこけた。
「おっととと初夏だぜ」
「滑ってますよ」
「じゃかしい」
賢吾は熱く語る。
「わいがあれほど力説して、感動する場面なのに、何で闇金ですかって、何やねその質問は?」
れおんは笑った。
「違うんですよ。そんないいことなら、闇に紛れてやらなくてもいいんじゃないんですか?」
「甘いわお嬢。さては苺食うときミルク入れてるやろ?」
「アハハ」
「あははやない。まあええわ。なぜ闇に紛れるか。それは無利子貸付だからや」
れおんは真顔になった。
「無利子貸付…」
「しかもあるとき払いの催促なしや」
「あるとき払いの催促なし?」
「つまりや。50万貸したら50万返したらええ。でも毎月いくらっちゅう返済ではなく、生活を立て直してからや」
れおんは目を見開いた。
「そんな。じゃあ、ほとんど援助に近いじゃないですか」
「ええか。これネットなんかに出してやってみい。殺到するぜ。あと高利貸しが黙っとらんよ」
自分の全く知らない世界の話に、れおんは少し怖くなった。
「よくわかりました」
「こうやって面談したらわかるやろ。一生懸命頑張ってきた人か、勘違い君か」
「はい」
「慢性金欠病の原因も探らねばならんよ。たとえばパチンコや競馬で金スる人はな、そこ直さんと何百万渡しても金なくすよ」
「なるほど」
少し仕事の内容が見えてきた。
「でも無利子ですよねえ。資金ってどこから出るんですか?」
ピキーン。
賢吾の目が光る。
「知りたいか?」

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