《MUMEI》 内科医の役目れおんは緊張した。 「知りたく、ありません」 「何やそれ?」 「だって怖いじゃないですか」 「怖いことあるか。ちゃんと全部教えたる。資金はなあ。金持ちが出してんねん」 「金持ち?」 「作家や」 「なぜ作家が?」 とことん質問するれおんを、賢吾は心底気に入った。 「昔死ぬほどの貧困生活を味わって、金のない苦しみをだれよりも知っとる。だからどんまい精神が旺盛なんよ」 「どんまい精神?」 「困ったときはお互い様っちゅうあれや」 れおんは少し考えてから聞いた。 「じゃあ、商売というより慈善事業ですか?」 「形はな。でも本当の気持ちはそんな綺麗ごとやない」 賢吾の目が光る。 「本当の目的は、復讐や」 「復讐?」 「お嬢。その作家はな。貧困で生活を破壊し、心をズタズタに切り裂かれた。死すらよぎった。しかし不屈の精神で立ち上がり、ついにベストセラー作家になった」 れおんは真剣に聞いていた。 「世の中、ベストセラー作家ゆうたらビビるくせに、売れない作家はゴミのように軽蔑される。おかしいやろ。嫉妬渦巻く島国根性が横行すると、夢を追いかけることすら許さない社会になる。それでは灰色や」 れおんは、賢吾を突き動かしているものが、マグマのような怒りではないかと感じた。 「金を出す代わりに口を出す。恩を売る。土足で心の中に侵入し、踏みつける。そんなんばっかりの世の中だからこそ、その作家はな。お金に困っている人にポンと金を出す。困ったときはお互い様のどんまい精神や。これはもう復讐心なんや。おまえらにはできんやろてな。ポンと出して口出さん」 れおんは頭の中を急回転させた。 「その作家さんと院長の関係は?」 ピキーン! 賢吾の眼鏡の奥の目が怪しく光る。 「わいの正体をそんなに知りたいか?」 「知りたいです」 「これを知ったら後戻りはできんぞ」 「じゃあいいです」 「何やせっかく盛り上がってるのに」 「盛り上がってませんよ」 横道にそれ過ぎだ。早く話を前に進めようと、れおんは積極的に質問した。 「このクリニックは院長だけですか?」 「スタッフは大勢おるよ。いろんな事業を展開している。ここは内科医や」 「内科医?」 れおんは診察室を見渡した。賢吾のデスクにはパソコンと電話が置いてある。 診察台に脱いだ服を入れる籠まであるのは少し怖い。本当に雰囲気だけだろうか。 フロアのスペースからして、ほかにも部屋はありそうだ。 「何独白しておる?」 れおんは焦った。 「違います、違います。あ、ここ昔医院だったんですか?」 「そうや。お金のクリニックだからそのまま使ったほうがユーモラスやろ」 「はあ…」 「内科医の仕事はな。話聞いて、その人が危機的状況なら手術が必要やから、弁護士や力持ってる政治家など、外科医に渡すよ」 「外科医?」 れおんは背景に大きなものがあるようで、緊張感が増した。 「で、話聞いて50万以内で解決しそうなら、無利子貸付する。お嬢」 「はい」 「たいがいの人はな。50万円という、すぐに返さなくてもええ大金が給料以外でポンと手に入ったら。まず生活は立て直せるよ」 「そうですかね?」 「問題はそれをちゃんと生活費に当てるかどうかや。そこを見極めるのが内科医の仕事や。さっきも言ったようにギャンブルにハマっていたら50万なんか1日でなくなるよ」 「だから一生懸命頑張っている人が条件なんですか?」 「その通りや。風俗ハマってたり、女ならホストなんか通って金ない言われたってな。そんなもん知らんわ」 「そこは厳しいんですね」 「慈善事業やなしに復讐が目的やからな」 れおんは複雑に絡み合う背景に興味を持った。 「わいは顔が広い」 「はい」 「顔の面積のこととちゃうよ」 「ぷっ…」れおんは慌てて口に手を当てた。 「何笑ってんねん?」 「笑ってません…続けてください」 「失礼なやっちゃなあ」 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |