《MUMEI》
ナースの仕事
れおんは穏やかな笑顔で言った。
「院長、ちょっといいですか?」
「何や?」
「そうやって横道にばかりそれると話が前に進まないと思うんですよ」
「わいの場合、話を面白くせなあかんからな」
「いいです面白くしなくても」
テンポが速い。面接というよりはプロレスだ。一進一退の攻防が続く。
「このままだと何時間経っても話が終わらないと思うんです」
「お嬢のような聡明な女性となら何時間でも会話していたい」
「そう言っていただいて凄く気持ちは嬉しいんですけど、一応面接ですから」
「どっちが面接官かわからんな」
「すいません」
賢吾は益々乗ってきた。この受け答え。大魚が網に引っかかった。
「天は二物を与えずいうのは嘘やな」
「なぜです?」
「お嬢みたいにルックスは抜群で頭がいいなんて、不公平やろ?」
「よく言いますよ。あたし頭悪いですよ」
「お嬢が頭悪かったら、わいなんかオランウータンや」
「キャハハハ…すいません、何でそうなるんですか」
れおんの笑顔につられて賢吾も嬉しそうだ。
「キャハハハって笑い過ぎや。ほんま失礼なやっちゃなあ」
「でもオランウータンて頭いいんですよ」
「それは何か。わいがオランウータンクラスだっちゅうことを肯定してるわけやな?」
「ちーがいますよう」
れおんはバッグを持って立ち上がった。
「もう、帰ります」
「待たれ!」
賢吾が本気で慌てたので、れおんはイスに戻った。
「まじめに面接やるから許してくんろ」
「じゃあ質問します。ナースの仕事って具体的にどんな内容なんですか?」
「しゃあないなあ。実演するか」
賢吾はイスを動かしてれおんに近づくと、いきなり聴診器を出した。
「では胸診ますんで、シャツめくってください」
「え?」
れおんはドキッとした。
「何や。電話でリアクション今度頑張るゆうたやないか」
「あっ」
れおんはオーバーアクションで悔しがった。
「もう一回チャンスを与える」
「お願いします」れおんも調子を合わせた。
「では奥さん。そこのベッドに寝てください。服はその籠の中に入れてください」
「はい」
れおんは立ち上がった。
「全部脱ぐんですか?」
「脱いでみい」
「無理です」
れおんは赤い顔をして照れた。今は診察室で男性と二人きり。あまり刺激的なことをするのは危険だ。
「ちょっと院長。話が1ミリも進んでないじゃないですかあ」
「よし、ではまじめな話をしようか」
「お願いします」
「お嬢は川で人が溺れていたらどないする?」
「もちろん助けます」
「どうやって?」
「あっ」
れおんは少し考えてから答えた。
「自分も一緒に溺れたら意味がないので、人を呼んだり、浮き輪代わりのものを探したり、長い棒を探したり…」
「自分のできる範囲であの手この手と尽くすやろ?」
「そうですね」
「助けたら本人のためにならんから、自力で泳ぎきるのを黙って見守る、なんてことはせんやろ?」
「はい」
「そこや」
賢吾の目が鋭く光る。
「金がないゆうと、すぐ私もない、みんな苦しいのは同じようと逃げたがるんや。恋の悩みなら喜んで乗るくせに、お金の相談だとペンギンでも飛んで逃げるよ」
「そうかもしれませんね」
「今溺れかけている人が役所にSOSの信号送っても1ヶ月待たされるんや。溺死するしかないやろ」
深刻な話になり、れおんは唇を結び、真剣な表情に変わった。
「しかしな。この夢のクリニックならボートが出せるよ」
「命を救う仕事。ドクターヘリみたいですね。じゃあナースも必要ですね」
「お嬢みたいに十を言えば一がわかるおなごはええな」
「逆じゃないですか?」れおんは笑った。
「そうや。一を言えば十をわかる。ナースはそうでなきゃあかん」
仕事の内容が見えてきた。とてつもなく崇高な仕事かもしれない。れおんは興奮していた。
「あたしに勤まりますかね?」
「天職やろ」
「……」

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