《MUMEI》
恋せよ男児
「何か食べたいものあるかな?」
「あ、えっと…」

 カウンター越しに話しかけながら、龍之介は汐那を見る。
汐那は少し考えた後、メニューを指差す。

「これ、美味しいって評判を聞いたから」

 汐那はアップルパイとアップルティのリンゴセットをオーダーする。

「これ、来るお客さんに結構喜んでもらえるんだよ」
「そうなんですか?」
「うん、よくフレバーティの後味の悪さに
幻滅する人が居るみたいだけど、ケーキなんかと一緒に
食べてみると、フレバーの後味がケーキで緩和されて
紅茶の香りと味わいが後から口の中に
じんわりと広がっていくんだ」
「はぁ、そうなんですか」

 龍之介はポカンとしながら聞く汐那を尻目に、
注文された品々を彼女の前に用意する。
そして「アップルティだけ最初に飲んでごらん」と言い、
カップを前に差し出す。

「ん、リンゴの香りと味だけが残ります」
「じゃ、今度はパイを食べてから飲んでごらん」

 汐那は言われる通りにパイを口に運び、
それからアップルティを飲んでみる。

「あぁ、全然違います! 何て表現したらいいのかな」
「アップルパイの甘みが少し引き立って、フレバー独特の甘みを消しちゃうんだ。
それで紅茶だけの甘みと香りが後から口の中に
広がるって感じ」
「なるほど…」

 ウンウンと感心しながら、汐那はリンゴセットを綺麗に平らげる。

「美味しかったです。今度は友達も連れてきますね」
「あはは、店長も大喜びだよ。っと、そろそろ片付け再開しないと…」
「あ、ごめんなさい!」
「あ、いや、宮流さんが悪い訳じゃないから、気にしないで」

 龍之介は両手を前に出し、ゼスチャーも交えながらフォローを入れる。

「あの、霧桐さんこれ…」
「あ、お金ならいい…ん?」

 片づけをしながら、龍之介は唐突に掛けられた言葉に、
返事をしようとして振り返り、小首を傾げる。
汐那が手に持っていたのは、お金ではなく一枚の紙だった。

「これは?」
「その、私の携帯の番号とメールアドレスです」
「え゛!?」

 突拍子も無い声を吐き出しながら、龍之介はそれでも
しっかりとその紙を受け取る。

「そんなに驚かなくても」

 汐那は笑いながら龍之介を見る。

「それじゃ、邪魔になっちゃいけないから、私失礼しますね」
「あ、あぁ、うん。後で僕の番号とかもメールしておくよ」
「はい、待ってます」

 出口のところで振り返り、汐那は軽く会釈をして
龍之介の言葉にそう返して彼女はその場を後にした。

前へ |次へ

作品目次へ
ケータイ小説検索へ
新規作家登録へ
便利サイト検索へ

携帯小説の
(C)無銘文庫