《MUMEI》
永遠の《魔法》
僕は、子供の頃からムードメーカーだった。
冗談ばかり言っては、みんなを笑わせていた。

理由は、至って単純なこと。

面白いヤツは、色々とオイシイ思いが出来るから。

無条件で人気者になれる。実際、小さい頃から、友達も多かったし。
大人になっても、職場の上司や同僚とも、上手くやってる。
女の子にも不自由しなかったから、多分、調子に、乗っていた。

だから、あの日。

初めて《彼女》と出会ったときも、僕は真顔で、こう言ったんだ。


−−実は、俺、《魔法》使えるんだよね。


その言葉に、《彼女》は朗らかに笑ってみせた。キレイな笑顔だった。
《彼女》は惜し気もなく、僕に美しく微笑んで、そして、悪戯っ子のように答えたのだ。

『それじゃ、私の《願いごと》、叶えてくれる?』

思えばそれが、僕と《彼女》の始まり。

この出会いは、運命だと。
本気で信じていた、幼い自分。




あれから、5年。

僕は、《彼女》−−祥子を、永久に見失った。


もう、二度と会えないほど、ずっと遠くへ追いやって…。




ゴールデンウイーク真っ只中。
渋谷のハチ公前。巨大なスクランブル交差点は沢山のひとで賑わっていた。

改札口を出て、歩道で信号が変わるのを一人で待っていた。

僕の周りにはひと、ひと、ひと−−−。カップルや親子連れ、それから学生のグループなど、様々だ。

今年のゴールデンウイークは長いひとで、最大16日間の大型連休になると聞いていた。

こんなにひとがごった返しているのは、そのせいだろう。おおかた、この長期休暇を利用して、地方から都会へ足を伸ばしてきたのだ。


それにしても、暑い。
僕は空を見上げた。雲ひとつない青空には、眩しい太陽がサンサンと光と熱を降り注いでいる。

この一週間は、天気も恵まれ、初夏の陽気だとテレビで喧しく言っていたっけ…。

思い出しながら、早速、僕は後悔していた。こんなに暑くなるなら、上着なんか着て来なければ良かったと。
無駄に汗をかくのが嫌で、僕は上着を脱ぎはじめた。

そして、思い出す。

−−また、そんな格好して〜!!今日は暑くなるんだよ!?こっちのジャケットの方が良いってば〜!

頭の中に、遠くから流れ込んできた、その声は。

紛れも無く、妻のもの。

記憶の中の彼女は、本当に柔らかく笑い、僕に言うのだ。

−−グズグズしないで早く着替えて!遅刻しちゃうよ、チ・コ・ク!!

決まってそう言うと、笑うのだ。
僕が大好きだった、その顔で。


今は、
もう、いないけれど。


.

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