《MUMEI》
芸術家支援
賢吾はパソコンを開いた。
「これはカルテ代わりや。この中に顧客情報が入ってる」
「凄い」
「きょうのお客さんは増伊アナンさん」
「ますい、アナンさん」
「ホンマ、れおんとかアナンとか、最近の親は懲り過ぎちゃうか?」
「いいじゃないですか」れおんは口を尖らせた。
「前に一度来たんや。25歳やけどイケメンにはほど遠い」
「関係ないですよ」れおんは即答した。
「彼は作家志望や」
「そうなんですか?」
れおんの目が輝く。賢吾は前回相談した感じを話した。
「会社リストラされてな。これを機会に就職はせず、一気に作家としてプロデビューを果たしたいと」
「できるんですか?」
「つまり、創作活動のための軍資金が欲しいゆうことや」
「どれくらい?」
れおんの質問に賢吾は腕組みした。
「小説書いて、出版社に持ち込む。あるいは賞レースに参加する。いろいろ方法はあるが、その間の生活費となると、やはり莫大やな」
れおんは真剣な表情で聞いていた。
「芸術家支援は、わいが前からやりたい思ってたことや。出版社は冒険せん。本気で人材を発掘しようという情熱のあるもんがあまり見当たらん」
「そうですかね?」
「奇抜なほうへ走っとるな。文学を読みたい思ってるホンマもんの読書家は風邪ひいてしまうわ」
「はあ…」
文学を語れるほどの知識はないれおんは、ただ賢吾の話を聞くしかない。
「わいは優秀な人材を発掘し、育て、支援して、リングに上げるまでは面倒持ちたい。セコンドにはつくが、闘って勝利をものにするのは本人やからな」
れおんは質問した。
「どういう人を支援するんですか?」
「前回の相談でも増伊アナン君にゆうたんや。作品書いてきなさいと」
「あ、もしかして、きょう持ってくるんですか?」れおんの顔が輝く。
「そうや。それ読んで決める。基準は厳しいぞ。読者に夢と感動と希望と勇気と活力と安心と躍動と興奮と感激を与える作品でないとな」
れおんが反論する。
「そんなの、プロの作家だってなかなかいないですよ」
「お嬢。科学室で研究してる人は、なぜ研究に没頭できると思う?」
いきなり科学の話。れおんは無言で次の言葉を待った。
「相当な技術力と知識を持ってるからやろ。芸術家支援も同じや。才能っちゅうか、まあ文才はもちろん必要やけど、わいが見たいのは無条件でオモロいって唸れるような作品かどうかゆうことや」
「厳しい基準ですね」
「つまりや。野に埋もれている英傑を発掘し、支援して、世に送り出す事業やから、キャラの魅力、ストーリーの面白さ、メッセージの普遍性。いろんなもんを見て決めなあかん」
「普遍性?」
「メッセージが偏っていたらダメや。自分が世に送り出した新人が、戦争も必要悪なんて書いたら顔青いよ」
「まあ、わかりますけど」
賢吾は、深呼吸した。
「そろそろ来る時間や」
れおんは診察室の時計を見た。10時。一気に緊張した。
「あたし、頷いていればいいですか?」
「普通に会話に参加してええよ」
「緊張しますね」
「お嬢が笑顔で頑張ってくださいって言えば、男なんかみんなアホやから、死ななくて良かったゆうて感激するもんや」
「何ですかそれは?」れおんは困った顔で笑った。
ピンポーン。
チャイム。れおんは立ち上がった。
「来よったな」
「はーい!」
増伊アナンはドアを開けて入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「え?」
増伊は、前回いなかった可憐な美女に迎えられ、どぎまぎした。
「あ、どうも」
「どうぞ」
しかもナース服。
「生きてて良かった」
「はい?」れおんが首をかしげる。
「あ、何でもありません」
増伊アナンは早くも滝の汗を流した。
診察室に入る。二人はそれぞれイスにすわった。
「作品持って来ましたか?」賢吾が聞く。
「はい」
増伊は鞄から原稿を取り出した。
「30ページのラブストーリー。力作です!」

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