《MUMEI》 芸術と狂気力作と自分で言ってしまう増伊アナン。目が少し危ない。 「では、確かに預かります」 「1日で読めると思うんですよね。明日また来てもいいですか?」 「明日ですか?」 「1日も待てない。一刻も早くプロデビューしたいんです!」 前向きというよりは前のめりだ。 「わかりました。では明日までに読んでおきますんで、そのときに感想などを語り合いましょう」 「よろしくお願いします」 増伊はれおんの顔を見た。 「全然関係ないんですけど。あの、その、つまり、彼女のお名前は?」 「姫野です」 「姫野さん。姫野、何さん?」笑顔が危ない。 「れおんです」れおんはキュートなスマイルを向けた。 「ホンマ関係ない話やな」 「増伊さん」 「はひ!」 れおんに呼ばれ、声が裏返ってしまった。 「あたしも読んでいいですか?」 「もちろんですとも!」 増伊アナンは感激しきりだ。れおんは賢吾のアドバイス通り、玄関で言った。 「増伊さん、頑張ってください」 増伊アナンは感動に震えた。 「ありがとうございます。ありがとうございます!」 「ではまた明日」 「はい!」 賢吾の言う通りだった。れおんは口もとに笑みを浮かべ、診察室に戻った。 賢吾は早速増伊の短編を読んでいる。 れおんは静かにイスにすわった。 「お嬢、読んでる間、休憩しててええよ」 「はい」 「シャワー浴びてもええし」 「浴びません」 「そこのベッドに寝てもええし」 「寝ません」 れおんは和室へ行き、鏡を見ると、すぐに戻った。 「うーん…」 賢吾が原稿を置いて唸っている。 「読み終わりましたか?」 「一応な」 「どうでしたか?」 「どうって、意味わからん」 「嘘」 れおんは緊張した面持ちに変わった。 「お嬢読むか?」 「はい」 れおんは原稿を受け取ると、イスにすわった。増伊と約束してしまったのだ。 彼女は読み始めた。手書きだ。上手いヘタではなく読みにくい。これはマイナスだと思った。 「意味わからんやろ?」 「ちょっと待ってください」 れおんは集中して読んだ。賢吾が厳し過ぎるだけかもしれない。 「ダメやろ?」 れおんは賢吾を無視して読み進めた。 「あれ?」 れおんはページを探した。 「これで終わり?」 「終わり方も変やろ?」 れおんは原稿を膝の上に置いた。 「厳しいものがあるな」 「厳しいっていうか?」れおんは原稿を見ながら首をかしげた。 「以前の問題か?」 「言ってませんよそんなこと」れおんは怒った。 「明日の感想はお嬢に任すよ」 「何ですかそれ?」 睨むれおんに、賢吾は語る。 「そうや。ええ話を聞かせようか」 「はい」 「サスペンスもんや」 「小説ですか?」 「そうや。ある漫画家目指してる青年がいてな。先輩が作品見せてみろゆうから、自信作を見せたんや」 「はい」 「そしたら先輩何を血迷ったか、最初と最後だけ読んだら原稿置いて、こんなありきたりな題材じゃなく、もっと斬新なテーマに挑戦してみろと」 「うわあ」れおんは顔をしかめた。 「青年が読んでないじゃないかと怒ったら、先輩は、この程度の作品は最初と最後読めばわかるよと。そしたら殺されてしもうた」 「嘘」れおんは硬直した。 「刑事はそれくらいのことで殺さんやろと動機を疑ったが、聞き込みで画家に聞いたら、普通殺すでしょうと。芸術家が超えてはいけない一線を超えると、クレイジーになるもんや」 れおんは悲しい顔をすると、増伊アナンの原稿を見つめた。 「ではお嬢。明日の感想任せたで」 れおんは笑顔で立ち上がった。 「ちょっと待ってください院長!」 賢吾はれおんを無視して別の仕事を始めた。 れおんは諦めてイスにすわると、もう一度増伊の小説を読んだ。命懸けだ。良いところを見つけて誉めなければ。 れおんは必死に読んだ。 翌日。 増伊アナンは朝一番で来た。 「おはようございます!」 目が燃えている。 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |