《MUMEI》
励ましの裏技
賢吾の目は本気だ。
「相手が絶対逆らえない立場なのを知ってて追い込みかけるなんてなあ、卑怯者のすることや!」
「僕もそう思います」
吾郎が明るい笑顔に変わった。れおんは一人、腑に落ちない表情だ。
「正直言うと、大家をハンマーでやってしまおうかと思いました」
「ハンマーはあかん。モップにしなはれ」
「モップじゃ死にませんよ」
「殺してどないすんねん」
れおんは焦った。吾郎の物騒な言葉にドキッと来た。それより賢吾まで何を言っているのか。考えを疑った。
「吾郎君の気持ちようわかるよ。そりゃ家賃払わんのは悪いよ。しかし暴力をふるってええっちゅー理由にはならんよ」
「そうですよ。死ぬほど悔しかった。ああいう奴は1回あの世に行かないとわからないんです」
吾郎の被害者意識に、れおんは胸を痛めた。発端は家賃を滞納したのが原因だが、そこが完全に抜け落ちている。
しかし賢吾は。
「わかるよ。わいも威張る奴見ると階段でドラゴンスープレックスしたくなるよ」
「自分も頭打ちますよ」吾郎が笑った。
「そうやな。そんなアホのせいで頭打つことない。吾郎君も同じや。そんな終わってる人間なんか無視してな、世界に羽ばたいたほうが楽しいよ」
吾郎が真剣な表情に変わった。
「吾郎君。仇討ちや。わいが助っ人したる」
「仇討ち?」
「仇討ち言うんは、そのオタンコナスを斬ることやない。そんな小さい人間が足下にも及ばないほどビッグになることが、最高の復讐やろ?」
吾郎は感激の面持ちで聞き入った。
「27歳。四季なら春や。何でもできる。成功すればそんなヤクザ大家のことなんか思い出しもせんよ」
「そうかもしれません」
れおんは一人置き去りにされた気分で、二人を交互に見ていた。
「人に追い込みかけるような卑怯者はな。必ずブーメラン現象で人から追い込みかけられるようになる」
「本当ですか?」吾郎が体を乗り出した。
「国法は逃れても宇宙の法則は絶対や。自分が追い込みかけた何千倍追い込まれるよ」
「そうなっているんですか?」
「そうや。吾郎君が直接手下さんでもええ」
「そういうのに詳しいんですか?」
「そりゃそうや、わい宇宙人やもん。てやんでえ!」
「がっはっはっは!」
吾郎が手を叩いて大笑いすると、賢吾は目を細めて振り向いた。
「受けたやないか」
「知りません」れおんはムッとした。
賢吾が穏やかに話す。
「通帳持って来ましたか?」
「はい」
吾郎は通帳を出した。賢吾は通帳を見ながらメモを取る。
「家賃のほかに困ってることはありますか?」
吾郎は頭を触った。
「実は、高血圧症なんですけど、医者通うお金がなくて…」
「そりゃあかん」
賢吾の顔が曇った。
「高血圧は放っておくと、心臓病や脳卒中に直結するんや。早く治療せなあかん。病気じゃしゃあないやないか。病気の人に根性論説くのをなあ。アホゆうねん」
れおんは、ようやく賢吾のリズムが理解できた。暴言は賢吾の本音とは限らない。自分を無条件で肯定された吾郎は、みるみる表情が希望に満ちてきた。
「吾郎君。明日この通帳に40万円振り込んどくよ」
「40万!」吾郎は目を丸くした。
「これで家賃払ってスッキリして、通院したほうがええ。高血圧は簡単には治らんからな。で、食事も聞いたほうがええよ」
「はい。何から何までありがとうございます」
吾郎は深々と頭を下げた。
帰り際。
玄関で吾郎を見送るれおんは、笑顔で言った。
「銀星さん。頑張ってください」
ところが。
「……」
氷のような冷たい目でれおんを見すえると、黙ってドアを開け、行ってしまった。
れおんは唇を噛んで暗い顔をした。心が痛い。
思っていることというのは、相手に通じてしまうものなのか。
深く考えても仕方ない。れおんは忘れようと振り切った。
しかし、あの吾郎のナイフのように光る目は、胸の中から消えなかった。

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