《MUMEI》

ハッと目が覚める。
身体中に嫌な汗をかき、心臓は早鐘を打っていた。荒くなった呼吸を整えるヒマもなく、僕は慌てて顔を上げ、キョロキョロと周りを見回した。

ここは、百貨店のバックヤードにある、従業員用のリフレッシュルーム。

狭い空間に、テーブルとソファーが幾つか、そして大きな窓の下に設えられたカウンターと10コほどスツールが置いてある。壁際には、飲み物とアイスクリームの自販機も設置されている。

昼過ぎのリフレッシュルームは閑散としていて、僕の他には数名が、この部屋の中で書類を仕上げていたり、飲み物を飲んでくつろいでいたりと、自由気ままに己の時間を過ごしている。

僕はといえば、休憩を取る為にこのリフレッシュルームを訪れ、一人掛けのソファーを陣取り、仕事の息抜きをしていたのだが。

いつの間にか、眠り込んでいたらしい。

僕は自分の腕時計を見遣った。休憩時間を15分もオーバーしている。次にスーツの内ポケットから、携帯電話を取り出して開いてみた。着信は無い。
休憩の時間をオーバーしているにも関わらず、店頭にいるスタッフから何の連絡も無いということは、店が混雑して連絡を寄越す余裕もないのか、もしくは、僕がどこかでサボっているのだと諦められているかのどちらかだろう。

そう独り決めして、僕は伸びをした。

そして、考える。
もちろん、それは先程の夢のこと。

両手で顔を覆って、僕は深いため息をつく。

あの日から、もう2年。
いや、まだ2年か…。

暗くなった気分を切り替えようと、僕は背広のポケットからタバコとライターを取り出して、タバコを一本口にくわえた。それに火をつけると瞬時に白い煙が立ちのぼる。
僕は息を吸い込んみながら、タバコをポケットにしまう。その煙を深く肺に送り込み、そしてゆっくり吐き出した。

ゆらゆらと僕を取り巻く白い煙を、ぼんやりと見つめた。
煙は狭い部屋の天井まで昇っていくが、そのあとは行き場を無くし、ふわふわと天井を漂っている。

何となく、今の自分に似ている、と漠然と思った。

そのとき。

「いつまで、くつろいでるの?」

聞き覚えのある声がして、僕はゆっくり視線を巡らせる。そして僕が座っているソファーの近くに、女がひとり、立っていた。
同僚の、折原 美紀だった。
彼女と僕は同期入社で、偶然にも同じ店舗に配属された。
しっかり者でサバサバとした性格の為、スタッフの中では姐御的な存在の彼女は、みんなからの信頼も厚い。その上、整った顔立ちをしているので、彼女に憧れている男性社員も少なく無かった。

折原は僕を見つめて、呆れたようにため息をつく。

「とっくに休憩、終わってるでしょ?」

小言を言う、彼女に僕は「ああ」と頷いた。

「ちょっと仕事してたんだ」

僕の返事に、折原は眉をひそめて「仕事?」と呟き、じっと僕の周りの状況を確認する。僕の目の前の小さなローテーブルには、もちろん書類らしきものはない。
折原は半眼で僕を睨んだ。

「そんな風には見えないけど」

彼女の言葉に僕は首を振った。

「ちゃんとしてたよ」

僕が答えると、彼女は間髪入れず、「ウソ」と呟く。

「どうせ、居眠りしてたんでしょう?」

僕はまた首を振る。

「睡眠学習してたんだよ」

彼女は一瞬、キョトンとして、それから眉を吊り上げた。

「睡眠学習?何の?」

彼女の問い掛けに僕は「夢の中で、ロープレしてた」と即答する。

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