《MUMEI》 夜の診察室夕方。 仕事を終えると、れおんはベッドに腰をかけた。 「相談って疲れますね?」 「そりゃあ、雑誌やダンボール相手にしてんのとちゃうからな」 「人間相手は疲れます」 れおんはバタンと診察台に仰向けに寝た。 「……」 気づいてすぐに起きた。 「すいません」 「ええよ別に。好きに使ったらええ」 れおんは、かしこまった。 「院長って、優しいですね」 「できてる子には優しいよ」 「またまた」 れおんは立ち上がると、和室に向かった。 「お嬢。汗ばむ陽気やし、仕事終わったらシャワー浴びてもええよ」 「だからあ!」 れおんは賢吾を睨んだ。 「浴びれるわけないでしょ」 「何でやねん」 「何でやねんて質問するほうがおかしいですよ」 れおんは和室に入ってカーテンを閉めた。しかし賢吾がしつこい。 「じゃあ、わいが先に帰ろうか?」 れおんは首だけ出した。 「帰る?」 「鍵渡しとくよ」 れおんは鍵を受け取ったが、すぐに聞いた。 「院長、あたしを信用してるんですか?」 「当たり前やないか」 「でも、あたしシャワー浴びたあと、暫く着ないから」 「えええ!」 賢吾が大袈裟に騒ぐ。 「もしかして一糸纏わぬ姿でっか?」 「バスタオルは巻いてますよ」 れおんが口を尖らせる。しかし賢吾がうるさい。 「バスタオル!」 「当然でしょ?」 「バスタオル一枚は返ってヤバいのを知らんのか。タオルの下は生まれたままの姿だと男たちの妄想を刺激する。これぞチラリズムマジックやないか」 「かー…」れおんは頭を押さえた。 「何がかーや。カラスか?」 「セクハラ!」 切り返された。 「やるなお嬢。しかし今のはセクハラやない。ギリギリセーフや」 「余裕でアウトです」 「セーフや」 「アウトです」 すると、いきなり賢吾は踊り出した。 「アウト、セーフ。あ、よよいのよいって、そんなにわいと野球拳がしたいんか?」 「退場」 「だれが退場や。舐めたらアカンよ」 「院長が舐めてるんです」 れおんに睨まれ、賢吾はそそくさと玄関に向かった。 「じゃあ、お嬢。また明日。戸締まり頼むで」 「え?」 幸いまだナース服を脱いでいなかったれおんは、慌てて賢吾を追いかけた。 「院長、マジですか?」 「マジや」 賢吾は嬉しそうな顔で手を振ると、本当に帰ってしまった。 れおんは、とりあえずドアを閉めて鍵をかけた。 「まさかね」 独り言を呟いてドキドキした。 「いくら一人だからって、シャワーは使えないでしょう?」 職場でシャワーを浴びる。女子には勇気がいることだ。 れおんは、シャワールームを覗いてみた。綺麗だ。清潔感もある。 「でもね」 シャンプーやリンス。ボディソープ。ほかにもいろんなものが揃っている。 「さすが奥さんのいる人は、わかってるじゃない」 れおんは、賢吾の顔を思い浮かべた。 「あれ。院長って結婚してるよね?」 妻や子どもの話は会話の中に出てこない。バツイチかもしれないから、自分からは聞けない。 「ま、そのうちわかるでしょう」 れおんは、和室で着替えようとナース服を脱いだ。 唇を結ぶ愛らしい表情。下着姿になると、もう一度シャワールームのほうを見た。 「大胆かな?」 れおんは、下着を脱ぎ捨て、バスタオルを巻くと、シャワールームに入った。 この緊張感がたまらない。れおんは、思いきりシャワーを浴びた。しっかり髪も洗う。 「ふう」 タオルで髪と体を拭くと、バスタオルを巻いて、シャワールームを出た。 スリッパを履く。汗が引くまで、診察室を歩いた。 れおんは賢吾のイスにすわると、笑顔で人差し指を出した。 「舐めたらアカンよ」 診察台。れおんは、うつ伏せになって枕を抱く。ゆっくり仰向けに寝て天井を見た。 「ふう」 ガチャガチャ! はね起きた。 「やだ!」 ドアを開ける音。怖過ぎる。バスタオル一枚だ。れおんは蒼白になった。 ガチャガチャ! 前へ |次へ |
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