《MUMEI》
ギャンブル
賢吾は嫌味を言った。
「余裕ありますなあ」
「いやいや。断崖絶壁ですよ。ガハハハハハ!」
仲矢の爆笑に、れおんも笑みを見せた。
「ホント綺麗。かわいい」
「本題入ってよろしいかな?」
「どうぞどうぞ」
「未納はどのくらい溜まってますか?」
「24万円くらいですかね」
(24万!)
れおんは驚いたが、笑みを絶やさなかった。逆恨みはもう御免だ。
「で、役所には相談行きましたか?」
「聞いてください院長」
仲矢が雑談のように話を始めた。
「こっちは低姿勢なのに若造が偉そうに。思わず首絞めてネックハイキングツリーって持ち上げたかったですよ」
賢吾も笑顔で応じた。
「わかります。わいも偉そうにされるとブレーンバスター食らわせたくなる」
「もちろん垂直落下式で脳天から落とすでしょ」
仲矢は乗ってきた。
「だいたい矛盾してるんですよ。払えない金額約束しても意味ないんだからさあ。相談行ってんのに半ば脅しですよ旦那」
「だれが旦那や」
「危うくタイガードライバー炸裂するところでしたよ」
「もちろん91やろ?」
「もちろん91ですよ。コーナーポスト最上段から場外へタイガードライバー91!」
「殺人未遂や」
れおんは、入り込めない。
(何喋ってるかわからないんですけど…)
賢吾が聞いた。
「では、困ってるのは、その未納の分やな。わかりました。24万円。無利子貸付しましょう」
仲矢の顔色が変わった。
「本当ですか?」
「わいが嘘ついたことあるか?」
「ありません」
冗談も言う余裕がないほど感激した。
「で、返済なんですけど」
「返済開始は仲矢さんが生活を立て直してからや」
「そんな」
驚く仲矢に、賢吾は客用の小冊子を渡した。
「これは慈善事業や。理念とシステムはここに詳しく書いてあります」
「夢の、クリニック…」
仲矢は小冊子の表紙を見つめた。
「金出してんのは年収1億円の作家や。気にすることない」
「気にしますよ。だって金持ちってケチでしょ?」
「そうとも限らん。大金手にするとすぐ大邸宅建てて、高級車乗り回して、装飾品で自分飾って、人には1円も出さん。そんなアホをみんなセレブセレブゆうてチヤホヤしてんのや。そんなバカバカしいノリにだれが付き合うかアホんだら!」
仲矢の顔が輝きを増した。
「会ってみたいですねその作家さんに」
「表には出んよ。売名行為が目的やない。真の目的は復讐やから」
「副収入?」
「復讐や。昔貧困で地獄を見た。金貸す人間は口も出す。恩を売る。説教する。責める。そんなんばっかや」
怒りに満ちた賢吾の表情を、れおんはじっと見つめていた。
「だからその作家は、自分がベストセラー作家になったら復讐を始めた。それは困ったときはお互い様ゆうてポンと金出して、あるとき払いの催促なしや。なぜこれがみんなできんと、復讐心が彼を突き動かしているんよ」
仲矢は感嘆しきりだ。
「憧れちゃうなあ」
「仲矢さんも本来は、後輩に食事ご馳走する太っ腹やろ?」
「何でわかるの?」
「腹見ればわかるよ」
「だれがクラッシャーブラックエルですか?」
「知らんわ」
賢吾はいきなり突いた。
「そうや。24万円は、わいが直接役所に届けましょう」
「え?」なぜか蒼白。
「大金手にして、気づいてみたらパチンコ台の前にすわってたゆうこともあるからな」
「パチンコなんかやりませんよ!」仲矢はむきになって言った。
「今G1シーズンの真っ最中やから、気づいたらウインズで叫んでるかもわからん」
仲矢は立ち上がって叫んだ。
「差せ! 差せ! そのままあって行きませんよ競馬なんか。だって買い方知らないもん」
賢吾はれおんを見た。
「お嬢。ウインズってわかるか?」
「ウインズ?」
「これが競馬を知らない人の感覚や」
仲矢はまた立ち上がった。
「デビルウイング」
「全然ダメや」
「ウインダム!」
「ノリ過ぎや」

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