《MUMEI》
マッサージ
夕方6時。
仕事を終えると、賢吾はれおんに言った。
「お嬢」
「はい」
「嫌なら嫌ってハッキリ言ってくれたほうが、わいも気が楽や」
「イヤです」
「おっと…せい」
「くだらな過ぎる」
呆れるれおんを無視して、賢吾は話を進めた。
「実はわいは結構顔が広い」
「人脈ですね」
先手必勝。賢吾は笑った。
「なかなかやるやないか」
「いいから話を進めてください」
二人はイスにすわり、見つめ合った。
「実はな。わいの知り合いにマッサージの勉強してる男がおってな」
「はあ…」
「お嬢とそんな年変わらんよ。で、練習台になってくれる女性を探してると」
「ふうん」
れおんは人ごとのように聞いていた。
「悪い話ではないよ。タダで指圧マッサージ受けられるんやから」
「そうですね」
すました顔のれおん。賢吾は笑顔で言った。
「どうやお嬢。練習台になってくれるか?」
「あたし!」
驚くれおんを見て、賢吾は不思議がる。
「だれの話してると思ってたんか?」
「いやあ…」
首をかしげて考えるれおんに、賢吾はひと押しした。
「もちろんまじめなマッサージやぞ。怪しいマッサージなら断るよ。大切なれおんを貸すわけがないやろ」
「よく言いますよ」
れおんは唇を噛み、少し嬉しそう。
「どんな人?」
「ジェントルマンや」
「院長のジェントルマンは宛にならないから」
「だれがビルロビンソンや」
「知りませーん」
また話が前に進まない。
「馴れ馴れしい人は嫌ですよ」
「大丈夫。礼儀正しい好青年や」
「好青年ねえ」
「実は今夜食事する約束してんのや」
れおんは目を見開いた。
「その人と?」
「一緒に来るか?」
少し迷ったが、れおんは好奇心が勝った。
「じゃあ、着替えてきます」
賢吾とれおんはタクシーを飛ばし、ファミリーレストランへ行った。
ウエートレスに窓際の席を案内され、向かい合ってすわった。
すぐに男が現れる。賢吾は立ち上がると、れおんの隣にすわり、笑顔で言った。
「彼や。イケメンやろ?」
れおんは、いわゆるイケメンで心が躍るような女性ではなかった。しっかり人間性で判断する。
男は180を超える長身で、精悍なマスク。自信に満ちた笑みをたたえ、優雅に歩いて来た。絵になる。
「久しぶりやな」賢吾が言った。
「どうも。ご無沙汰しております」
男はすわると、れおんを見た。
「初めまして」
「初めまして、姫野と言います」
「あなたがれおんさん?」
「はい」
「院長からよく聞いています。いい人が入ったって」
れおんは笑顔で賢吾を見た。少し緊張している。
「そうだ。名刺作ったんです」
彼は賢吾とれおん両方に名刺を渡した。
彼女は名刺を受け取ると、聞いた。
「途中…すいません何て読むんですか?」
賢吾が答えた。
「そう、彼は夢の途中ってちゃうよ。みちなか君や」
「みちなか。途中もりやすさん」
「はい」
3人はステーキとワインを注文した。
「きょうはお嬢のゴチやからな。1杯50万円のワインを頼もうか」
「院長。みんなにバラしますよ」
「それじゃ商売あがったりやないか」
ステーキが運ばれてきた。皆は談笑しながら食事をした。
「れおんさん」
「はい」
「マッサージ好きですか?」
「結構好きですね。女性はみんな好きですよ、たぶん」
「ならば、僕の練習台になってください」
ストレート。
れおんは怯んだ。
「お願いします」
もりやすは頭を下げた。この直球攻めにれおんは押された。
「はあ、じゃあ、あたしで良ければ」
もりやすの顔が輝く。
「良かった。断られたらどうしようかと思った」
れおんはワインをひと口飲むと、大事なことを聞いた。
「そうだ。場所はどこでやるんですか?」
賢吾が答える。
「二人とも一人暮らしやから、診察室使ったらええ」
「いいんですか院長?」
「構へん構へん」
「では、明日からお願いします」
「明日!」

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