《MUMEI》
職員室にて
家に帰ると相変わらずの静かな家族。

 今日は父も珍しくまっすぐ帰ってきた。
しかし、その着ていたスーツからは明らかな女物の香水が匂った。
母は文句一つ言わずそのスーツをハンガーに掛けている。
エリナは堪らなくなり、部屋へ逃げた。
そして意味もなく携帯を開く。
誰からもメールはなかった。


 その翌日、アンナは学校に来なかった。
アンナがサボるのは珍しくないことだ。
あまり気にせずにホームルームを過ごすと、エリナは放送で職員室へ呼ばれた。

 また委員会のことで話があるのだろうと思いながら職員室へ行ってみると、担任は硬い表情でエリナを自分のデスクへと呼び寄せた。

気のせいか、他の教師たちの様子がおかしい。
 なにやら慌ただしく、しかし動きながらもエリナの方を注視しているようだ。
普段、見かけることのない校長までもがそこにいた。

「なんですか?用って」

 なかなか話を切り出さない担任に、エリナの方から口を開く。
すると彼は「実はな……」と迷うように話した。

「中島が昨日の夜、自宅のマンションから飛び降りた」

「え、アンナが?
そ、それって自殺?」

担任は頷いた。

「幸い、下の植え込みがクッションになったらしいんだが、まだ意識が戻っていない。
遺書も見つかってないんだ。斎藤、何か理由に心当たりとかないか?」

心当たり?
分からない。

昨日は普通に元気だった。変わったことといえば……二日前の、頭の怪我のことぐらいだ。

そう伝えると担任は頷いてため息をついた。

「そうか。斎藤が一番中島と仲がよかったから、何か知らないかと思ってな。
わかった。このことはクラスの連中には黙っておいてくれ。
あと、何か思い出したら先生に言うように」

 エリナは頭を下げて職員室を後にした。

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